再会――終わらない夏
イリヤの空・UFOの夏 短編SS
また夏が終わろうとしていた。
中学での最後の夏休みも昨日で終わり、九月一日、つまり始業式の朝、僕は走っていた。
「やべぇ、遅刻だ」
前日の夜更かし――宿題を終わらせるための――がたたり、寝坊してしまったのだ。
校門を駆け抜け、勢いもそのままに昇降口に走りこむ。一気に下駄箱の前まで滑り込むと、自分の下駄箱を開ける。
そこには、茶色くて、毛が生えていて、温かくて、柔かいものが入っていた。
それはくるりとこちらを振り向くと「なぁ」と一声鳴いた。
猫である。
それを見た瞬間、頭の中で、何かが繋がった。
いてもたってもいられず、走り出す。
――彼女が……彼女が来てる………!
廊下を駆け抜け、階段を跳ね上がって教室へ急ぐ。本鈴のなる音が、どこか遠く聞こえた。
教室の扉の前に辿り着くと、音を立ててあけた。
荒い息をついて教室を見渡す。
クラスメートたちがビックリした顔でこちらを見ている。
「こらぁ、浅羽。遅刻だぞ。早く席に着け」
担任がそんなことを言ってくる。
そして担任の横に立つ白い姿に気がついた。
少女だ。彼女の髪は初めて会った時ほど長くはなく、最後に会った時ほど短くなかった。
一年という時間を感じた。だが、白く色が抜けたままなのが痛々しい。
彼女はゆっくりとこちらを向くと、僕と目を合わせた。
一見は無表情だが、彼女の目が嬉しそうに輝いたのがわかった。
「伊……里谷……」
足を一歩前に出す。
担任が何か言っているようだが、僕の耳には入らなかった。
「どう、して……ここに……?」
言いたいことは色々あったはずなのに、声が上手くでない。
「転校してきたの」
彼女は、ぼそりとそう呟くように言った。
「えっと、そうじゃなくて」
もう一歩足を出す。
伊里谷は少し考える様子を見せて、はっきりと、
「浅羽に会いに」
と言った。
教室が少しざわめく。
「……死んだと、思ってた……」
一歩、前に進む。
「死ぬつもりだった」
一つ頷くと、伊里谷はそう言った。
「でも、死ななかった」
つぶやく様に言う。
「死ななかったんだって分かったら、急に死にたくなくなった。生きたくなった。
……浅羽に会いたくなった」
彼女も僕に一歩近づく。
「会いたかった、浅羽」
もう一歩、伊里谷が前に出る。
もう一歩前に出れば、触れ合える距離だ。
「……僕も会いたかったよ、伊里谷」
そう言って、僕はゆっくりと微笑んだ。
それを見た伊里谷は顔を赤くしてうつむく。そして、顔を上げると、はっきりと笑みの表情を浮かべる。
ついで、その目から涙を一筋だけ流すと、僕の胸に飛び込んだ。
そんな彼女を、しっかりと抱きとめる。
「もう戦わなくてもいいんだよね?」
僕の問いかけに、腕の中の伊里谷が頷いた。
「今度はさ」
ゆっくりと、彼女を見つめながらそう言う。
彼女も顔を上げると、僕と眼をあわせた。
「僕のために、生きてよ」
僕の言葉に、彼女は目に涙をためて頷いた。
「何かしたいことある?」
静かに問いかける。
「髪、切って欲しい」
伊里谷が答える。
「いいよ」
断る理由は無い。
「ボーリング行きたい」
「うん。晶穂たちも一緒にね」
「ガクエンサイは?」
「あるよ。まだ先だけど、今度は伊里谷も一緒に何か企画をしよう」
「それから……」
「焦らなくてもいいよ。夏は、まだ終わってないんだから」
迷う伊里谷にそう言うと、僕は腕の中にいる彼女をしっかりと抱きしめた。
「うん……」
伊里谷も頷くと、僕の胸に顔をうずめた。
と、
「あー、もういいか?」
という声が聞こえた。
その声にはっとして顔を上げる。担任の呆れた顔がこちらを向いていた。
「あー……」
そのまま首をめぐらすと、クラスメートたちも皆こちらを見ていた。
ポカンとした顔があれば、冷やかすようにニヤニヤとした顔もある。中には泣いている顔もあった。
「ほれ、いつまで抱き合ってるんだ、お前らは。早く離れて、浅羽は席に着け」
担任の言葉に我に帰ると、僕は慌てて伊里谷から離れる。
多分、今鏡を見れば、真っ赤になった自分の顔が見えるだろう。横を向けば、伊里谷は少し不満そうな顔をしている。
「ほら、さっさと席につけ」
担任の声に押されるように教室の後ろにある自分の席へ向かう。
周りから冷やかしの口笛や野次が飛ぶ。
「騒ぐな! えー、去年三ヶ月ほど居たから、知ってる人間も多いと思うが、転入生の伊里谷加奈さんだ。みんな、仲良くしてやれー」
担任の声を聞きながら席につく。
多分、これから卒業するまでからかわれるんだろうな、などと考えながら、彼女を見る。
伊里谷は担任の紹介にペこり、とお辞儀をしている。
そのまま見ていると、目があった。
微笑む。
微笑が返ってくる。
ま、いいか、と思う。
伊里谷が帰ってきた。それでいいではないか。からかわれるくらいなんてことは無い。
僕は、伊里谷のために世界を滅ぼす覚悟も決めたのだから。
「えーと、それじゃあ席は……」
伊里谷の席を決める担任の声が聞こえる。
僕はこれからのことを考える。
伊里谷はまだ知らないこと、楽しいことがたくさんあることを伝えたかった。たくさんありすぎて、何からはじめていいか分からない。
と、自分が伊里谷にいった言葉を思い出し、くすりと笑った。
まずは髪を切ってあげないと。
それからのことはまた後で考えればいい。あせることはないのだ。ゆっくり進めていけばいい。
そう、まだ夏は終わっていないのだ。