第二十二話
西暦2000年。南極。
そこで行われた一つの実験。
それは、世界に無限のエネルギーとそれによる繁栄をもたらすはずだった。
だが、その実験は失敗し、繁栄の代わりにもたらされたモノ。
セカンドインパクト。
人類に与えられるはずだった無限のエネルギーは暴走し、南極を死の世界へと変え、その余波は世界に未曾有の大災害を引き起こすこととなる。
その災害と、それに続く混乱。世界の根底は揺らぎ、人類はその半数を失った。
しかし、その影に魂の意を持つ名の組織が関わっていたことを知る者は多くない。
その影に、後に哀れな妄想に取り憑かれる男が関わっていることを知る者は多くない。
そして、そのセカンドインパクトのあった地に、後に世界を滅ぼしかけるモノがいたことを知る者は多くない。
○○○
「「「「ただいまぁ〜」」」」
「あら、お帰りなさいませ」
「「お帰りなさい」」
途中で雨に降られたのか、髪をぬらして駆け込んできた中学生組の四人に声がかかる。
これまではカオリとユイの二人だったのだが、今日は先日から増えた高嶺邸の新たな住人を加えた三人だ。
その増えた一人は、アスカの母である惣流・キョウコ・ツェッペリンである。
すでに故人として扱われているため、例によって碇家から新たな戸籍をもらっている。
「まぁまぁ、濡れちゃって……カオリさん、お風呂沸いてたかしら?」
「ええ、準備はできております」
ユイの質問に何時ものようにやわらかく微笑んで答えるカオリ。
「なら、入ってきちゃいなさい」
「は〜い! 行こ、レイ。一緒に入ろ?」
「うん」
と、出て行く二人。それを見送るシンジに、ユイがからかうような声をかける。
「あら? シンジは一緒じゃなくていいの?」
「何言ってんだよ、母さん……」
ここしばらくの生活の中で、自分の母が思った以上に悪戯好きであることに気がついている。
シンジは特に動じることも無く答えたが、割を食ったのはアスカとレイだった。
先日シンジへの恋心を自覚したばかりの二人は、そうと分かっていてもこの手のからかいを受け流すことができない。
今回も真っ赤になって固まってしまっていた。
「あらあら、可愛らしいわね、二人とも。そうは思わないユイ?」
「ホント、可愛いわ! どっちか……ううん、二人ともシンジのお嫁さんになってくれないかしら?」
そんな二人を見て、キョウコが微笑み、ユイはにやりと笑う。
ますます真っ赤になる二人。
さらに、
「あ、じゃあシン君は後で私と入る?」
と、そこにユーフォリアが追い討ちをかける。
「ユーフィも変な事言わないでよ……」
呆れたようにため息をつくシンジに、ユーフォリアはくすくすと笑った。
「み、みんな馬鹿なことばっかり言ってるんじゃないわよ! こ、こんなところにいたら風邪ひいちゃうじゃない! ほら、ユーフィ、アンタも来なさい!!」
そんな中、やっと復活したアスカがまくし立てる。
ユーフォリアは、はーい、と笑いながら答えつつ、アスカたちの後に続いた。
「なんだかんだ言いながら、しっかりユーフィちゃんを牽制したわよ、アスカちゃん。さすがね」
「それは私の娘ですもの!」
からかう相手もいないというのにはっちゃけまくる母二人。
「全く……カオリさん、部屋にタオル持って来てくれる?」
そんな二人に苦笑しつつ、シンジも自分の部屋へと向かった。
○○○
「さて、おさらいだよ」
時間は過ぎて夕食後。
いつもなら食後のお茶を楽しみつつの雑談となるのだが、今日は雨で訓練ができなかったため、この時間を使っての神剣やマナ・エーテルについての勉強の時間となった。
「まずは“マナ”とは何でしょう?」
講師役はシンジ。
居間を教室に、どこから出したのかホワイトボードの前に立っている。
これには、リツコやユイ・キョウコの科学者組も興味を示し、生徒役であるアスカとレイの後ろに陣取ってシンジの話を聞いている。
ユウトたち高嶺一家はそれを面白そうに眺めていた。
「じゃ、アスカ」
指名されたアスカは、
「ええと、本質的な“命のエネルギー”そのものよね。死んだ命はマナに還り、マナが宿って生命が生まれる」
「その通り」
シンジは頷きホワイトボードの左側に「マナ 命のエネルギー」と書く。
「じゃあ、エーテルって何? レイ」
「マナを加工して、いろんなことに使えるようにした汎用的なエネルギー……マナからエーテルの変換、あるいはエーテルからマナへの還元ができるのは永遠神剣だけ」
「うん、そうだね」
これにもシンジは満足そうに頷くと、今度はホワイトボードの右側に「エーテル 利用可能なエネルギー」と書く。
そして「マナ」と「エーテル」の間に双方向の矢印を書くと、その下に「永遠神剣」と書いた。
「さて、それらを踏まえたうえで、僕らが相手にしている使徒。これは知っての通り、上位神剣……アダムの欠片だ。では、使徒が持つと言われるS2機関。これは一体なんでしょう?」
シンジはそう言いながら、「永遠神剣」の下に「S2D」と書く。
そして生徒役五人の顔を見回した。
スーパー・ソレノイド・ドライブ。S2機関。使徒が持っている場合はS2器官のほうが正しいだろうか。
無限のエネルギーを生む、使徒の動力源。それは一体何なのか。
こうして聞いてくる、という事は、自分達はそれを知っているということ。あるいは、これまでに得た知識で推論が可能と言うことだ。
少し考えて、ゆっくりとレイが手を上げた。
「レイ」
シンジは指名する。
「無限のエネルギーは……たぶん、そう見えるだけ。正確には無限に等しいエネルギー。シンジ君たちは前に言った。この世界のマナは異様に濃いって……つまり、この世界にはマナが無尽蔵と言っていいほどある……S2機関はマナやエーテルを利用する動力なんだと思う」
「そうね。その予想は立てられる……永遠神剣の力の本質はマナの支配にあるのでしょう?」
妹の言葉を補足するようにリツコが言う。
「そう、おおむねその通り! さすがはレイにリツコさん」
シンジの言葉に、レイは嬉しそうに頬を染める。
「正確には“S2器官”と言う明確な形のあるものは無い。使徒の体そのもの……神剣そのものがS2器官なのさ」
シンジは説明する。
「アセリアさんの出身世界ファンタズマゴリアには“エーテル・コンバータ”と呼ばれる機械があった」
エーテル・コンバータとは、空間に存在するマナを集めてエーテルに変換する機械だ。そして、ファンタズマゴリアではそのエーテルをこの世界での電気のように、様々なインフラに用いていた。
「そして、エーテル・コンバータの中枢は永遠神剣だった」
シンジの言葉を受けてそう言ったのは黙って聞いていたユウト。
ファンタズマゴリアに永遠神剣を機械に組み込むような高度な技術があったのは、マナを必要以上に使わせて枯渇させ、世界を滅ぼそうとするロウ・エターナルのたくらみであったのだが、それはここで語るべき話ではない。
シンジはユウトの言葉を受けて「S2D」の下に、さらに「エーテルコンバータ」と書き加えると、一番上の「永遠神剣」からの三つをイコールでつなぐ。
「ま、つまりこういうわけだ」
「マナ」 ←→ 「エーテル」
「永遠神剣」
‖
「S2D」
‖
「エーテル・コンバータ」
「んで、何が言いたいわけ?」
結論を急ぐようにアスカが問う。
「まぁ、つまりだ。エヴァは三機とも活動限界はなくなってるよって事」
数秒の沈黙。
「ええ!?」
真っ先に反応したのはリツコだった。
「つ、つまり、エヴァはすでにS2機関を持っているということ?」
「そうじゃなくて、エヴァそのものがS2機関なんですよ」
苦笑しながらリツコの言葉を訂正する。
「ただ、制御するためには神剣がその意思できちんと制御するか、あるいは契約者が制御してやらなきゃいけない」
「なるほど……だから、意思を持たない状態のエヴァにはS2機関は確認できなかったわけね……」
納得するリツコを確認しつつ、シンジはレイに話しかける。
「零号機に関してはちょっと事情が異なるけどね」
「?」
その言葉に、小首をかしげるレイ。
「零号機は神剣としてきちんと覚醒しているわけじゃない。どちらかと言うと、僕やアスカと初号機・弐号機という関係よりも、『福音』『矜持』と初号機・弐号機の関係に近い」
シンジの言葉を吟味し、レイは一つ頷くと、
「つまり、私が零号機のS2機関なのね」
「そう。正確にはS2機関の制御ユニットってところかな」
部品みたいな言い方で悪いけど、とシンジは笑った。
レイも、わかってる、と笑顔で答える。
「今度乗るときにでも感じてみるといいよ。二人ともマナをエーテルに変える感覚は掴んでるでしょ? そしたら、そのエーテルをエヴァの体にも回すような感じ。すぐつかめると思うよ」
そのシンジの言葉に、アスカとレイは戸惑いつつも、コクリと頷くのだった。
○○○
「よぉ、葛城! どうしたんだ、こんなところに一人で」
「加持か……」
ジオフロントを見下ろすカウンターで、ミサトは一人酒を飲んでいた。
何時ものビールではなく、今日はブランデーらしい。眼下に見えるNERV本部を眺めながら、舐めるように酒を味わう。
そんなミサトに話しかけたのが加持だった。
断りも無くミサトの横に腰掛けると、ウェイターを捕まえてミサトと同じ銘柄のブランデーを頼む。
「で、どうしたんだよ」
にっこりと、しかしその真意を隠す仮面の笑顔を浮かべて話しかける加持に、
「これよ」
と、ミサトは着ているジャケットの襟を見せた。
「ん?」
「襟章」
その言葉に、加持は覗き込むようにしてみる。
加持の記憶では、葛城ミサトの襟章の模様は線が一本に点が二つだった。
だが、今見ている襟章は点が消えて線が二本になっている。
「ほぉ〜、お前さん、昇進してたのか。そのお祝いか?」
それは彼女の階級が一尉から三佐に上がったことを示していた。
「まぁね」
気の無い返事で答えて、ミサトは一口グラスを舐めた。
「それにしちゃずいぶん寂しいな。りっちゃんはいないのか?」
その言葉に、一瞬ピクリと硬直すると、ミサトは加持をにらみ、
「リツコはあのガキのトコよ!」
そう叫んだ。
「おいおい、あんまり熱くなるなよ」
なだめるように言いつつミサトの肩をたたき、周囲を見る。
客はミサトと加持だけではないのだ。
その様子に、ここがどこなのか思い出したのか、ミサトは浮き上がりかけた腰を椅子に下ろす。
そこでウェイターが加持の酒を持ってきた。
「ま、まぁ、ここは一つ乾杯といこうじゃないか。葛城の昇進に」
グラスをかかげつつそう言う。
それにブスッとした顔を返しながらも、ミサトは自分のグラスを加持のグラスに当てる。
チン、という澄んだ音。
それを聞いた二人は、一口ずつまたグラスを傾けた。
「……ったく、使徒は私の指揮じゃないと倒せないって言ってるのに誰も聞きゃぁしない! 今まではまぐれで倒せてても、今後もまぐれが続くはずなんて無いのに! リツコもリツコよ! あんなガキに何入れ込んでるんだか……」
口の中でぶちぶちと文句を言うミサト。
「加持もそう思うでしょ!?」
「そ、そうだな」
(やれやれ、聞きしに勝るって奴だな……こうして一人で飲んでるってことは人望も無いらしい)
いろんなところから聞こえてくるミサトの評判は決して良くない。と言うかはっきり言って悪い。
「ま、まぁ、でも昇進したってことは今までの働きが認められたんだろう? 司令と副司令はしっかりお前の事を見てたってことじゃないか。葛城三佐」
「そうかな……」
おだてるように言う加持に、ミサトはまんざらでもなさそうに微笑んで見せた。
実際には冬月とゲンドウが南極へ向かうのにあわせて、作戦部長の権限を強化するための措置に過ぎない。
二人にしてみれば、ミサト以外が作戦指揮をとるのは問題があるのだ。
「私は復讐のためにNERVにいる。それをごまかす気は無いわ。でも、皆ももっと協力してくれてもいいと思わない!?」
そうは言うが、ミサトは本心を打ち明けて子供達に接したことは無い。それを自覚してはいないのだろうか。
「そうだな」
「私はエヴァには乗れない。だから、私の指揮で使徒を倒す。それが私の復讐なのよ……」
ミサトの言葉に、加持は興味なさそうに相槌を打つ。
結局この後はミサトの愚痴大会になり、加持は最後まで付き合わされた。
しかし、その後は彼が期待したような18歳未満はお断りな展開にはならなかったらしい。
○○○
「復讐?」
「そう。ミサトさんがNERVにいるのは使徒への復讐が目的なのさ」
授業も終わり、今度こそ食後の談笑が始まったのだが、話題がS2機関だったためか、葛城博士やセカンドインパクトなどの話になっていき、そしてミサトの復讐にも話題が及んだのだった。
「な、何それ!? アタシらを復讐の道具にしようってわけ!?」
「まぁ、そうだね」
激昂するアスカに苦笑しながらシンジは答えた。
だが、ちょっと聞いて欲しい、と前置いてシンジは言葉を続ける。
「ミサトさんは別に悪い人ってわけじゃないんだよ」
決して本人に対しては使わない“ミサトさん”という呼称。
シンジがこれを使うのは『前史』での葛城ミサトを思い出しているときだ。
「復讐は、それ自体は悪じゃない。僕があの人を許せないのは、結局本音で話をしてくれなかったからだ」
『前史』において彼女はシンジとアスカの「家族」を気取った。
しかし、結局それは上辺だけのものに過ぎず、子供たちが苦しんでいる時、シンジたちが本当にすがりたかった時、彼女は逃げ出した。
シンジが一番許せないのは、ミサトが自分のやっていることに自覚が無いことだ。
日常では姉のように振る舞い、家族の仮面をかぶりながら、戦場においては子供達に自分の指示に従う道具の役目を強要した。
それは戦場では“しょうがない”こと。
シンジやアスカが苦しい思いをしているときに、家に帰れなかったのも仕事だから“しょうがない”
そもそも子供に戦わせていることも“しょうがない”
偽善で本音を押し隠し“しょうがない”という言葉で全てを済ます。
そしてそのことに自覚が無い。
ゲンドウや冬月はいい。彼らは少なくとも自分がやっていることが世間一般で言うところの“悪”であることを自覚している。その上で行っているのだから、こちらから言うことは何も無い。問答無用で叩き潰す。それだけだ。
SEELEは人類の代表者を気取り、自分のやっていることが“善”であると思い込んでいる。だが、彼らは彼らなりの信念の元に行動している。ここにも議論の余地は無い。ゲンドウたちと同じく、こちらはこちらの正義を貫くだけ。
だが、ミサトの行動の根底にあるのは自己満足と自己弁護。自らの欲望を満たすための行為を、自分は悪くないと無理矢理正当化する。そして、そのことに自分は気付いていない。悪いのは自分以外の誰かで、自分の行動はすべて善意からと思い込んでいる。
だから、シンジはゲンドウよりもSEELEよりも、葛城ミサトが一番嫌いで理解できないのだ。
「だからね、彼女が自分の行動を反省できるなら、それでいいんだ。復讐するにしろ、そのための行為をごまかさないで、自分のやることはきっちり責任をとる。“しょうがない”って言葉に逃げない。それができれば、さ」
と、シンジは言う。だが、すぐに
「まぁ、多分無理だろうけどね」
と付け加えた。
そこにはもはや期待の欠片は見当たらない。
ミサトが自分の行動を反省し“しょうがない”という言葉に逃げるのをやめるなら、シンジは彼女の復讐にも協力するだろう。
だが、それがなされない限り、シンジは、そしてアスカやレイ、ユウト達も彼女に協力することはありえない。
そして、その可能性は限りなく低い。シンジはそう結論付けていた。
「変な話になったね。もう止めよう。時間も遅いしもうお風呂入って寝ようか」
シンジがそう言って出て行くのを、皆黙って見送った。
○○○
沈黙のおりた居間。
「シンジ……」
「シンジ君……」
心配そうなアスカとレイに、
「あいつはさ……」
語りかけるようにユウトが口を開いた。
「家族って物を知らなかった」
そこで、表面上とは言え、家族として振舞う者に出会ってしまい、信じてしまった。
「そして手ひどく裏切られて傷を負ったんだ。それを思い出しちまったんだろう」
今はそっとしておけ、とユウトは言った。
「大丈夫だよ。今のアイツには家族も友達もいる。それに、こんなに心配してくれる女の子が二人もな」
ユウトの言葉に、二人はいまだ心配そうな顔をしつつも黙って頷いた。
「シンジは4歳の時に母を失い、父に捨てられた」
続く言葉にユイが少しだけ身を硬くする。
「あ……!」
ユウトの言葉に怯えるように体が震えだす。
だが、
「逃げるなよ、ユイさん。これはアンタの罪だ」
ユウトは厳しい声を崩さない。
「しょうがなかった、なんて間違っても言うんじゃない。あいつを裏切った奴と同じになるなんて俺が許さない。その罪を認めた上で、シンジを愛してやることがアンタの償いであり、シンジが望むことなんだ」
「……そうね」
いまだ震える体を意志の力で押さえつけて、ユイは頷いた。
「私は逃げない。逃げるわけにはいかない……もう一度罪を重ねるわけにはいかない!」
強く言って、体の震えを無理矢理止める。
「私はあの子の母親。一度間違ってしまったけど、もう間違わない。頼ってばかりのダメな母親だけど、私はあの子を愛しているもの……!」
静かな、でも熱い母親の想い。
「でも、償いで愛するわけじゃない。私があの子を愛しているのは私が母親だから。それも譲れないわ」
それを吐露するユイに後押しされるように、キョウコもその口を開く。
「私も変わらないわ……」
「ママ……?」
首をかしげるアスカに体ごと向き直り、キョウコはアスカに頭を下げた。
「ごめんなさい、アスカちゃん……科学者としての私のエゴが、幼いあなたをどれだけ傷つけたか……」
「もういいよ……帰って来てくれたんだから……」
そう言って微笑むアスカに、キョウコは首を振った。
「ううん。そう言ってくれるのはとても嬉しいの。でも忘れちゃいけない。逃げちゃいけない。これは私の罪だから」
「ママ……それなら、もうどこにも行かないで、ずっと一緒にいて、ずっとアタシを愛して……!」
そう言って、アスカはキョウコの胸に飛び込んだ。
「アスカちゃん……私の可愛い娘……!」
キョウコは記憶の中にあるそれよりもはるかに大きくなった娘の体をしっかりと抱きしめる。
「私も……言わないといけないわね」
そしてリツコもまた、己の思いを口にする。
「ごめんなさい、レイ。私があなたにしてきたこと……許されることではないわ」
「お姉ちゃん……」
少しだけ悲しそうなレイに、リツコは微笑む。
「分かっているわ。あなたが許してくれていること。だから、私も必要以上に気にはしない」
でも、と続ける。
「忘れてはいけないと思うの。これは私の罪。誰のものでもない私の咎」
レイは黙ってリツコの言葉を聞く。
「でも、間違わないで欲しいの。私があなたを愛しているのは、決して償いのためじゃない」
レイははっとした。自分が悲しかったのは、リツコの想いが罪の償いから生まれたものだと思っていたからではないだろうか?
「罪は罪として忘れない。でも、そんなのとは関係なく、私はあなたの家族のつもりよ」
「うん……お姉ちゃん」
姉妹は黙って微笑みあった。
その様子を見ていたユウトは自分もまたそばにいる家族に微笑みかける。
「そうだ。罪から逃げるな。でも、そんなのは関係なく自分の家族を愛してやれ」
ユウトの言葉に、三人の罪人はしっかりと頷いた。
○○○
「いかなる生命の存在も許さない死の世界、南極」
ガラスに覆われた艦橋で、冬月は呟いた。
「いや、地獄というべきかな?」
「だが、我々人類はここに立っている。生物として、生きたままだ」
冬月の言葉に答えたのは、彼の前に立つ髭の男――六分儀ゲンドウ。
見つめる先はどこに向いているのだろうか。
ガラスの向こうに見えるのは赤紫色に染まった海と、所々に立つ塩の柱だけ。
冬月の言葉の通り、その様子はまるで地獄のようだ。
「科学の力で護られているからな」
「科学は人の力だよ」
なんでもないことのように答えるゲンドウに、冬月は言葉を重ねる。
「その傲慢が15年前の悲劇、セカンドインパクトを引き起こしたのだ」
そして周囲を見回す。
「その結果がこの有様だ。与えられた罰にしてはあまりに大きすぎる。まさしく、死海そのものだ」
「だが、原罪の穢れ無き浄化された世界だ」
「俺は罪にまみれても、人が生きている世界を望むよ」
そう言いつつ冬月が見るのは、眼下の甲板に置かれた物体。
シートにくるまれた棒状の物体だが、それは飛行甲板の端から端まで届くほど巨大だ。
今回、彼らが南極にまでやってきた目的。
それを見つめながら冬月はぽつりと呟く。
「分かっていてなお罪を重ねるか……俺も人のことは言えないか」
「問題ない……すべてはユイにもう一度会うため……あの微笑をもう一度見るためだ。そのための罪ならいくらでも重ねよう」
その言葉に重なるようにして耳障りな警報音が響いた。
『NERV本部より入電! インド洋上空、衛星軌道上に使徒発見!』
「十番目か」
「ああ、問題ない。すべてはシナリオの通りだ」
冬月はこの男の「問題ない」が信用できるのか、少しだけ悩んだ。
シナリオに入り込んだ様々なイレギュラー。中でもシンジの存在はこちらの想像をはるかに超えている。
(本当に問題ないのか? 六分儀よ)
だが、今更後に引けないこともまた事実。もはや冬月もこの男についていくしかないのだ。
あとがき
今回はちょっと“敵”の話、というか、シンジが“敵”をどう思っているかと親の皆さんの罪というのがメインな感じになりました。
若干暗い話になったような気もしますけど……
まず敵の話から。敵としてあげたのは、SEELE、ゲンドウ・冬月、ミサトの三組。
もちろん強さという意味では、SEELE、ゲンドウ・冬月、ミサトの順になるでしょう。
これを、人間として評価するならゲンドウ、SEELE、ミサトかな、と思うわけですね。
えぇ、こっからは作者の個人的な意見であり、作中反映されていますが、シンジの意見そのままというわけでもありませんので。
まずゲンドウ・冬月。この人たちは自分が“悪”であることを自覚してます。その上でいろんな行動しているわけです。まぁ、外道は外道ですが、自分が外道であることを自覚している。ここは評価できると思うんです。彼らにとって外道に堕ちることよりもユイのほうが大事だったわけですな。
次SEELE。おじいちゃん達は自分が“善”だと思い込んでる人なわけです。わりと俗物っぽい雰囲気もしますけど、キールさんなんかは割りと本気で人類を憂いていたんじゃないかなぁ、とか。大多数の人に支持されなくても、自分達の行いは必ず人類のためになるという、一つの信念がこの人たちには感じられるわけです。ただ、その信念が“世界はSEELEに支配された方がよくなる”みたいな感じにも思えるのが、ちょっとアレですが。
最後、ミサト。はっきりいってこの人嫌いです。何が嫌いってシンジも言ってますけど、自分のやってることに自覚が無いのが一番ダメです。復讐がしたいんならはっきりそういえばいいのに、人類のためだとかなんだと大義名分をかかえて自分の本音は押し隠す。そしてそのことに自覚が無い。悪役としては一番嫌な感じです。この人がもうちょっと自覚ある大人だったら、こんなにアンチモノもはやらなかっただろうに、とか思うのは自分だけでしょうか?
罪の話にしても、やっちゃったもんはどうしようもないと思うんですよね。
大事なのはそれと向き合うか否か、だと思うんです。ユイ・キョウコ・リツコの三人は今回で罪と向き合うことを決意してもらいました。がんばって自覚ある大人になってほしいものです。
大人の定義は“自分のやったこと・言ったことに責任を持つこと”だと思うのです。
そうやって考えると、エヴァって“大人”少なかったよなぁ、とか。
今回はこれにて。それでは。