第二十三話


「2分前に突然出現しました」

日向がオペレーター席から振り返って報告する。

その相手は腕組みして立つミサトだが、日向の意識はその横に立つリツコに向いている。

「衛星と回線つながりました。映像をメインスクリーンに回します」

青葉の声がそう告げると共に、正面のメインスクリーンに目標の姿が映る。

それと同時に発令所の中がどよめいた。

アメーバか、あるいは子供の落書きとでも表現しようか。中心に人の目に似た模様があり、そこから左右に手を広げたような形。その広げられた手の部分にも小さく目の模様がある。

それが、衛星軌道上にぽつんと浮いている。比較対象となる物体が何も無いため、大きさはつかめないがモニターに上がるデータを見れば、それがエヴァをもはるかにしのぐ巨体であることが分かる。

正しく異容。

それこそが、第十使徒「空を司る天使」ことサハクィエルの姿であった。

「常識を疑うわね……」

と、ぽつりとこぼすミサト。

「あなた、まだ使徒に“常識”なんてものを期待してたの?」

「別に思った事いっただけじゃない」


『目標と接触します!」

『データ送信、解析開始』


そんな会話を交わす責任者二人を他所に、発令所は動いていく。

その報告と同時、スクリーンの向こうに目標を挟んで反対側にもう一つ衛星が映る。

と、次の瞬間には何の前触れも無くスクリーンが砂嵐に変わった。

「何だ!?」

「A.T.フィールド?」

「攻撃転用……向こうも学んでるってことね」

ざわめくスタッフに対し、一人リツコは冷静だ。

(この程度、見慣れてしまったもの)

朝夕の訓練で、である。

規模は違えど、やっていることの派手さはそう変わらない。

「解析は?」

「パターン青。使徒です」

「ま、それ以外にはありえないでしょうけどね……」

(また、子供達に負担をかけるわね……)

リツコは砂嵐のままのスクリーンを見ながら、誰にも気付かれないようにため息をついた。




○○○




発令所の中段にある小さなスクリーンに衛星写真と思わしき海の写真が表示される。

注目すべきなのは中央やや右に映るクレーター。海の中にあるにもかかわらず、はっきりと形が分かる。

一体どれほどの衝撃を受けたと言うのだろうか。

そのスクリーンを囲んでいるのは、いつも発令所にいるオペレーターたちにリツコとミサトを加えた五人と、シンジたちチルドレン三人組に高嶺一家三人の計11人。

「これは?」

「使徒の攻撃よ。自分の体の一部をそのまま質量兵器として用いているの」

「A.T.フィールドで覆って勢いと質量の減衰を防ぎ、落下の勢いを利用しての攻撃……大気圏で燃え尽きない隕石と思えば分かりやすいかしら」

写真を見て問うユウトにリツコとマヤの技術部コンビが答える。

直径10mほどの隕石でも、そのエネルギーは原子爆弾一個分に相当すると言われている。

あのエヴァをもはるかに凌ぐ巨体が全く削られることなく落ちてくることを考えれば、それがどれほどの被害を生むか、想像もつかない。

それと同時に写真が動き、陸地にできたクレーターが画面に現れる。

「初弾は太平洋に大外れ、で二時間後がここ。確実に誤差修正しているわ」

「ってことは……」

「次はここに落ちて来るわ。本体ごとね」

一応、毎回襲来前に次に来る使徒の情報は共有しあっている。

予定調和のようなやり取りをユウトとリツコは行った。

「それで、僕らが呼ばれたってことは作戦は決まってるんですか?」

それを横目に眺めつつ、シンジは日向に問いかけた。

「うん、まぁ……その……」

と、答えづらそうな日向の言葉を遮って、

「ええ、決まっているわ!」

何故か自信満々なミサトが答えた。




「はぁ……」

「……無能?」

「アンタ、バカ?」

シンジはため息をつき、レイは小首をかしげる。アスカの罵倒にも力が無い。

三人は怒る気力も無いほど呆れていた。

予想通りとは言え、彼女の提案した作戦は「手で受け止める」だった。

成功確率は万に一つも無し。第三使徒戦時の初号機の起動確率よりはまし、といったところだろうか?

だが、彼女曰く「使徒のジャミングで司令と連絡が付かない今、作戦の最高責任者はこの! 三佐の! 私!」ということで、無理矢理提案したらしい。

シンジたちは、ミサトが有効な作戦を思いつかなかったことに対して呆れているわけではない。

正直なところ、結局シンジたちにも神剣の力を用いずに第十使徒を殲滅できる有効な作戦は思いつかなかった。

シンジたちが呆れているのは、ミサトの状況認識能力の欠如についてである。

ミサトは本部地下にアダムと偽ったリリスがあることを知らない。

つまり彼女には“本部が落ちる=サードインパクト”という認識はないのだ。

この場合、次善の策は間違いなく「逃げる」こと。ミサトが下すべき判断は、無茶な作戦を実行することではなく「戦略的撤退」だったのだ。

万に一つの作戦に賭けるくらいなら、そっちの方がよっぽどましである。

だが、復讐に取り憑かれた彼女は大局を見ることができず、勝利にこだわって判断を誤っている。

それがシンジたちを呆れさせているのだ。

「くっ……い、一応作戦が作戦だから降りることもできるわ」

続く言葉にますますその感情は加速する。ミサトを見つめる視線に哀れみすら混じり始める。

要するに、最後の判断だけは相手にゆだねることで、自身の責任を回避しているのだ。

無意識とは言え、ここまでできればいっそすがすがしい。

そんな無意味な感慨を抱きつつ、

「じゃ、降ります」

「……私も」

「あ、アタシも」

シンジたちはいささかの逡巡も見せずそう答えた。

「な……何言ってんのよ!? あんた達、自分が何言ってんのかわかってんの!?」

その答えにミサトは激昂する。

自分で“降りてもいい”と言ったわりに、本当に彼らが作戦に乗らないことは考慮していなかったらしい。

「良かった……」

一方、撤退を主張したものの強引にこの作戦を押し通されてしまった形の日向は、シンジ達の答えにホッと胸をなでおろし、

「よし、すぐに撤退の準備! D級職員から順次退去だ! 松代にMAGIのバックアップを……」

インカムに向かって矢継ぎ早に指示を始める。

「ちょっと! 何勝手に指示出してるのよ!?」

「しかし、パイロット三名は搭乗を拒否しました。もはや我々にできることは撤退だけでは?」

「それは……! ちっ!」

淡々と正論で反論する日向に、ミサトは大きく一つ舌打ちをすると、

「あんた達、黙って乗りなさい」

振り返ってシンジ達にそう告げる。

「……乗らなくてもいい、と言ったのは貴方ではありませんでした?」

前言を撤回するには少し早すぎないですか、と静かにシンジは続ける。

「司令も副司令もいない今、本部の最高責任者は私よ。使徒は私の作戦指揮でないと倒せない……私の作戦に従うのが、一番生き残る確率だって高いのよ! あんた達はそれに従う義務があるわ!!」

話すうちに興奮してきたのか、徐々に声が大きくなっていくミサト。その瞳は血走り、暗い光を湛え始めている。

そんな異様な雰囲気を感じ取ったのか、発令所全体がこちらに意識を集中している気配がある。

「アスカは確かにNERV所属ですが、少なくとも僕とレイにはあなたの命令に従う義務はありません。それに、万に一つの作戦にしたがうのがもっとも効果的だと?」

「そんな作戦に従うのがアタシの義務だって言うんなら、今すぐにだってアタシはNERVをやめるわよ」

静かな声で反論するシンジとアスカ。口を開かないが、レイもミサトをにらんでいる。考えていることはシンジやアスカと同じだということはすぐ分かる。

そして、答えながらも少しだけ腰を落として、すぐに動けるように準備する三人。

そんな気配に気付かず、ミサトは小さく、

「……分かったわ」

と呟くと、懐から抜いた銃をシンジ達に突きつけた。

「「「――――!!」」」

オペレーター三人の息を飲む気配が聞こえる。

だが、向けられたシンジたちは、恐怖も動揺もその顔には浮かべない。

「ここまでですね」

「そうね」

静かに言ったシンジの言葉に、答えたのはリツコだ。

「何言ってるのか知らないけど、命が惜しかったら黙って乗りなさい!」

叫んだミサトの指が引き金にかかった、その瞬間、


「が!?」


短い悲鳴と共に、彼女は膝を突いた姿勢で上半身を床に叩きつけられていた。

まさしく、目にも留まらぬ速さ。

いつの間にかミサトの足元にはアスカが立ち、左手ではレイがミサトの背中を押さえている。そして正面にはシンジが立って『福音』を顔の前に突きつけていた。

「「え?」」

「ふぅ……」

ポカンとした日向と青葉の声と、マヤの安堵のため息。

日向と青葉の目には三人が瞬間移動したようにしか見えなかっただろう。もちろん、神剣のことを知っているとは言え、普通の人間に過ぎないリツコとマヤにもその動きを捉えることはできなかったが。

ミサトの指が引き金にかかった瞬間、アスカは彼女の背後に移動、ひざの裏にけりを入れて体勢を崩す。そして左手に移動してたレイが体勢を崩したミサトの背中を押して床に叩きつけ、『福音』を顕現させたシンジがその刃を突きつけたのだ。

「一応、正当防衛ですよね?」

「まぁ、そうね。保安部に連絡を……」

軽く尋ねるシンジに軽く答えたリツコ。

「ち、ちょっと待ってください」

それを遮ったのは、いまだ驚きのさめやらぬ日向だ。

「どうしたの、日向君?」

「ちょっといいですか」

尋ねるリツコに答えつつ、席を立った日向はミサトの正面に立つ。

シンジは刃を突きつけたまま、日向に場所を譲る。

シンジに目線だけで礼をしつつ、ミサトの前に立った日向は、ミサトをにらんだまま、

「赤木さん。国連の定める特殊軍務規則第32条5項において、葛城三佐の指揮権剥奪と身柄の拘束を提案します」

と、リツコに声をかけた。

「そうか、それがあったわね」

その日向の言葉に納得するリツコと、

「何ですかそれ?」

分からないシンジ達。

「作戦指揮官が指揮能力を失っていると判断された場合、提案者を含めて佐官二名以上の同意のもとに指揮権を剥奪できるってやつさ」

その疑問に答えたのは青葉。

彼の言葉にシンジ達は、なるほど、と頷く。

「何言ってんのよ! 佐官二人ってアタシは同意しないわよ、そんなの!」

一方ミサトは押さえつけられたまま叫ぶ。

この場にいる佐官は技術二佐であるリツコと、先日三佐へと昇進したミサト。

たしかに、指揮権剥奪を行うには一人足りないのだが、

「同意していただけますか、赤木二佐」

「ええ……日向特佐」

静かに答えたリツコの声で、その場にいるもの全員の目が日向へ集中する。

「ど、どういうことよ!?」

床からにらむミサトだが、日向はそんな視線に臆することもなく、

「先日一尉に昇進しました。また、昨日付けで使徒発見から殲滅までは特務三佐の階級を頂くことになりました」

そう堂々と宣言した。

つまり、先ほど「パターン青」が示された時点から、日向は三佐と同等の権限を持っているのだ。

はっきり言って異例ではある。そもそも、NERVはその作戦行動自体が特殊任務と言ってもいいのだから。

だが、これはゲンドウと冬月の苦肉の策でもあった。

ミサトの昇進は彼女が無能ではない、ということを外部にアピールするためであり、自分たちがいない間、彼女を責任者とするための権限強化が狙いだ。しかし、彼女が昇進をするのなら、彼女よりも成果を出している(少なくとも他のNERV職員はそう認識してる)日向を昇進させないわけにはいかなかった。

さらに、彼らもミサトの作戦指揮能力に疑問を抱いていたことは事実。日向に戦闘時に限って三佐と同等の階級を与えることで、今まで以上にストッパーとしての役割を期待したのだ。

もちろん“特務”が付く以上、正式な三佐であるミサトよりも立場は下であるし、彼女の方が先任であるため、主導権はミサトにあるはずだった。

こうまであっさりとミサトが暴走するとは、あの二人も考えていなかったのだろう。

「では、佐官二名の同意により、葛城ミサト三佐の指揮権を剥奪、身柄を拘束します」

この言葉を受けて、どこから取り出したのか、ユウトはロープを手にしてミサトをぐるぐる巻きに拘束する。

その間にも鮮やかな手つきで持っていた銃やナイフ、IDカードなどを取り外す。

「どうする?」

「その辺に転がしておいて。後で保安部に取りに来させるから」

あっという間に簀巻きにされ、猿轡をかまされたミサトは、リツコの言葉で発令所の隅に転がされた。



「よし、それじゃあ改めて撤退の準備を……」

気を取り直した日向が、そう指示を出そうとした時、

「あ、ちょっと待ってください」

と、今度はシンジがそれを遮った。

「ん? どうしたんだい、シンジ君? 君達も早く逃げないと……」

「いえ、僕らエヴァに乗りますよ」

「ええ!?」

先ほどまでとは180度違うシンジの言葉に日向は素っ頓狂な声を上げる。

「で、でもさっき……」

「いや、元々乗るつもりだったんだけど、ミサトがあんまり身勝手なもんだから……」

疑問に答えたのはアスカ。頭を振りながらそう言う。横でレイもコクリと頷く。

「いや、でも、あんな成功率の低い作戦は許可できない」

シンジたちの身を案ずる日向はそう言ってシンジ達の申し出を辞退しようとする。

「いえ、詳しいことは言えないんですけど、勝算があるんです」

「え?」

わけが分からない、といった表情の日向。

だが、

「日向さんが後ろにいてくれるなら、僕らは安心して戦えます」

だから、僕らを信じてもらえませんか?

真剣な声音でそう続けるシンジ。その言葉に同意するように、レイとアスカも真剣な目で日向を見つめる。

日向は、後ろに立つユウトたちやリツコの方にも首をめぐらせると、彼らもまた、真剣な目で日向を見つめ、力強く頷いた。

そして、

「……僕らは何をすればいい?」

日向はそう言った。

シンジたちの瞳を真正面から受け、

「君達が存分に戦えるように、僕は僕のできることをしよう」

君達が僕を信じてくれるなら、僕も君達を信じるよ、と日向は笑った。




シンジたちの考えた作戦は単純。

即ち――手で受け止める。

だが、ミサトのような運に頼ったものではない。

使徒が第三新東京を目指すのは、リリスの波動と膨大なマナに引き寄せられているのだ。ゲンドウの持つアダムは、まだ使徒を呼び寄せられるほどの気配を発するまでには力を取り戻してはいない。

だが、逆に言えばリリスに似た気配を発することができれば、使徒を呼び寄せることも可能ということだ。

シンジ達の手にある神剣のうち『福音』、そして、レイと零号機はリリスの欠片より生まれた存在であり、その気配は母たるリリスに良く似ている。また、アスカの『矜持』はアダムの欠片でもある。それらの強い神剣の気配と共に、膨大なマナの気配があればサハクィエルはそこを目指して落ちてくるはずだ。

具体的には以下の通りだ。

まず、サハクィエルの落下予想範囲内で、もしも落ちて来てももっとも被害が少なくてすむであろう山間部にエヴァ三機、そして神剣使いのうちでも最も防御力の高いユウトを配置する。

そして、シンジの『福音』にアスカの『矜持』 そして、レイ、零号機が意図的に神剣の気配を強化するとともに、ユウトがマナを供給してさらにその気配を強める。

後は、引き寄せられたサハクィエルを殲滅するだけ。

無茶と言えば無茶な作戦ではあるが、シンジ達にしてみればリリスを奪われるわけにはいかない。

逃げることは敗北を意味するのだ。

これらの作戦は神剣のことを隠すために“A.T.フィールドの発する特殊な波動を強化する装置”を技術部が開発したことにして、これによって使徒を誘き寄せる作戦と日向と青葉他のNERVスタッフには伝えられた。




○○○




そして、エヴァ三機とユウトが第三新東京から少し離れた山の中の位置についてから数十分後。

予想落下時刻よりも、少しだけ早くその報告は入った。


『目標捕捉!』


「よし、行くよレイ! アスカ!」

『…………』

『任せなさい!』

青葉の声が聞こえると同時にシンジは二人にそう声をかけた。

ウィンドウの向こう、レイは一つだけ頷くとすぐに集中しはじめる。

アスカも答えた後は『矜持』を顕現させて、集中を高める。

それを確認したシンジは己のパートナーへと声をかける。

(行くよ『福音』!)

(はい!)

その意識が返ると同時、シンジの手の中にLCLが収束、美しい紫の刃が顕現する。

同時に、周囲のマナが急速に三機のエヴァの元に集中し始めるのが分かる。

ユウトがその力でマナを集めだしたのだ。

そのマナを糧に、シンジも初号機の気配を強化する。

プラグ内で『福音』を水平に構えるシンジと同じ姿勢で初号機はグッドニュースを構える。

急速に高まっていく神剣の気配。

そして、


『距離一万! 予想落下地点は……ポイントゼロ! 作戦予定地点です!!』


その報告と同時、シンジ達は思わずにやりと笑みを浮かべた。

(((上手くいった……!)))


『ここから先は君達に任せる! 任せたぞ!!』


「『了解!」』

『……!』

スピーカーからの日向の声に、シンジとアスカが同時に答え、レイは力強く頷いてみせる。

そして、零号機と弐号機は初号機からわずかに距離をとり、

『『マナよ!』』

同時に手中にマナを集中させ始める。

一方シンジは、周囲に集まる膨大なマナをその支配下に置く。

「全てを遮る『拒絶』の楯よ! 全てを守護せし光の楯よ!』

言葉と同時に足元に魔方陣が展開する。

そして、そのマナを一気に『拒絶』のオーラへと変えると、それを編み上げて『拒絶の・・・オーラフォトン・・・・・・・』を編んでいく。

シンジ達神剣使いが『リジェクション』と呼ぶ、ただA.T.フィールドをまとうだけの防御ではなく、『リジェクションシールド』のように、ただ密度を上げただけの楯でもない。

膨大なマナを幾重にも織り込み、『拒絶』のオーラフォトンを紡ぎ上げ、編み上げた拒絶の・・・オーラフォトンバリア・・・・・・・・・・と言うべき、絶対の楯。

四年の修行と皆を護る意志が生んだ、シンジの到達点ハイエンドの一つ。その名を―――


紅き光の守護アンブレイカブルクリムゾン!!!」


結句と同時、編み上げられた光のカーテンが、まるでオーロラのように視界を覆う。

『すごい……』

『……きれい』

呆然と呟く二人の少女。


『落下予想まであと10! 来るぞ!』


日向の叫び。

そして、


轟!!!!


宇宙から飛来する敵が眼前へと迫る。

だが、サハクィエルのA.T.フィールドとシンジの紅き光の守護アンブレイカブルクリムゾンが接触すると同時、


破!!!!


サハクィエルが纏っていたA.T.フィールドが消し飛んだ。


―――――!!


わずかに身じろぐような気配と、音にならないサハクィエルの悲鳴。

はるかな天空から堕ちてきた巨大な質量が、輝く紅い光の上で完全に静止した。


『え……!?』

『な!? あの落下エネルギーを完全に相殺した!?』

『さすがね、シンジ君……!』


発令所の驚愕。静かに聞こえるリツコの声も、目の前の現象に興奮しているのが分かる。

「いい!? 二人とも!」

『『……!』』

シンジの言葉に頷くアスカとレイ。

「カウントスリーだ! 3・2・1 GO!!」

その号令と共に、シンジは腕を一振りする。

それだけで、緻密に織り上げられていた紅き光の守護アンブレイカブルクリムゾンが霧散する。

そして、

『『オーラフォトンブレード!』』

青と赤、二機のエヴァはいつの間にか構えていたプログナイフにオーラフォトンを集中、それは光の帯となって伸びる。

『はああああぁあぁあ!!』

『――――――――!!』

気勢を上げるアスカと、無言で力をこめるレイ。

対照的な二人の攻撃は、しかし、同時に使徒の体を切り裂いた。

だが、

「浅いか!」

『ちっ!』

その攻撃もコアまでは至らない。

悔しそうなアスカの舌打ち。

(コアの場所は!?)

(あの目の中央です!)

『福音』の意識が示すのは、サハクィエルの巨体の中央、おおきな目の中心。

「少し支えて!」

それを確認したシンジは、攻撃を終えた二人の少女に叫ぶ。

少年の言葉に、少女たちは返事もせず、同時にA.T.フィールドを展開。その落下エネルギーをゼロに落とされながらも、さらに迫っていたサハクィエルの巨体を受け止める。

『ぐ……』

『く…あんまりは持たないわ!』

「分かった!」

アスカの叫びに答えつつ、シンジは構えたグッドニュースにオーラフォトンを纏わせ、その外側に刃を覆うようにA.T.フィールドを展開。

それを脇構えに構え、

「オーラフォトンスラッシュ!」

叫びと同時に下から上へと振りぬいた。

纏ったA.T.フィールドによって、刃の通り道をふさぐフィールドだけを中和し、使徒の体に触れたオーラフォトンが刃の付けた傷を広げていく。

刃の根元までを目の中央に突き立てられたサハクィエルは再び音にならない悲鳴を上げる。

だが、それもすでに力はない。

シンジの刃はサハクィエルのコアを両断していた。

(よし、『福音』 欠片の回収を)

(はい、シンジ……コアに干渉、欠片を回収します)

初号機へと消える一筋の金の光。

同時に、サハクィエルはグッドニュースを突き立てられた部分から、その身を光の粒子に変えていく。

その光が一斉に散る様は、サハクィエルの巨体も相まってさながら光のシャワーのように美しかった。




○○○




「本当にいいのかい?」

「いいですってば! 日向一尉が一番がんばってるんですから、たまにはしっかり休んでください!」

第十使徒が殲滅され、特務三佐から一尉へと戻った日向は、頑として譲らない部下達の言葉に苦笑しながらNERV本部を後にした。

向かう先は高嶺邸。

本部に回収されるなり、シンジ達は

「日向さんの昇進おめでとうパーティしましょう!」

と言い出した。

事後処理があることを理由に断ろうとした日向だったが、働きづめの彼を心配していた部下達は渡りに船と無理矢理休暇をとらせることにしたのだ。

某作戦部長と違い、かなりの人望を集めているらしい日向。名はともかく実質彼が作戦部長といっても過言ではないだろう。

ちなみに、技術部師弟コンビは必要最低限の指示を出した後で合流する手はずになっている。


さて、避難命令を出したために人気の全く無い道を歩き、郊外の住宅街の中でも一際大きな屋敷に到着する日向。

ピンポン、と呼び出しのベルを鳴らすと、カオリが現れる。

「あらあら、お待ちしておりましたわ、日向様」

にこりと微笑みながら、中へと案内するカオリ。

ふと、日向は、

「避難はされなかったんですか?」

と、尋ねた。

それに対しカオリは、

「私の主の方々が戦われるのであれば、敗北はありませんもの」

と微笑んで答えた。

その答えに、日向は一瞬ポカンとした様子を見せたあと、ふふ、と微笑んで、

「確かに、その通りですね!」

そう言って笑った。


会場となった食堂。

準備する時間もなかったため、飾りつけもなく、料理もあり合わせ(シンジのレベルで。一般的には十分通用するだろう)のものしか出されなかったが、それでも日向はシンジたちのもてなしを心から喜んだ。




「なんか、出番なかったね、私たち」

「ん」

「お父さんは結構がんばってたのに」

「ん」

「まぁ、なるべく手を出さないのが本当ではあるんだけどね」

「ん」

「ちょっとだけ、寂しいよね」

「ん」

「「私たちも出番なかったのよ?」」

と、そんな母娘一組と母二人のやり取りが隅っこの方であっていたのは本人たちしか知らない。







使徒を殲滅したことで電波状態が回復するなりゲンドウは本部へと連絡を取った。

しかし、そのころには日向はおろかリツコも高嶺邸へ向かっていた。

結局、青葉の「事後処理で忙しいので、報告はこちらに戻られてから受けた方がよろしいかと思います」というそっけない言葉に「問題ない」とだけ答えたのだった。




あとがき

23話。サハクィエル殲滅戦をお届けします。

えー、何だか日向昇進。一尉はともかく、特佐云々は強引かな、とも思いましたが、何かカッコよさげだからいいかな、と。
何か、普通の一尉とか三佐、とかよりも特務一尉とか特務三佐、あるいは、特尉・特佐とかの方がカッコよく感じてしまうのは僕だけでしょうか? 僕だけでしょうね。

さて、書いてるうちにいつの間にかかなり大げさな表現になってしまったシンジ君の最強防御技(らしい)赤き光の守護、アンブレイカブルクリムゾン。英名を直訳すれば「破れずの紅」となるでしょうか。

いや、最初はここまで大げさにするつもりなかったんです。なんか、こう「リプルージョン」とか名前付けて「受けたエネルギーと同等の力を発生させる“反発”のオーラ」とか言う気だったんですが……どこで間違ったんでしょう?

書いてる途中で、ふと『拒絶のオーラフォトンバリア』とか言うフレーズを思いついてしまったのが原因でしょうか。
かっこよく書けてますよね? うん、きっと大丈夫。

ちょっとスキルの説明なんぞしとこうかな、と思います。

まず「オーラフォトンブレード」 第十一話でもシンジが使ってる技です。
アタックスキル相当です。これは、その名の通り「オーラフォトンの剣」を造る技です。ナイフを元にしているのは収束器のような役目。その気になれば、素手からでも出せます。でも、神剣自体が携帯に困らない武器なのであんまり使いどころがなかったり。

次「オーラフォトンスラッシュ」
これもアタックスキル相当。武器にオーラフォトンを纏わせて攻撃する技ですが、原作にある「オーラフォトンアタック」と違うのは、刃に纏わせたオーラフォトンが斬撃を強化する「斬る」ことにより特化したスキルです。まぁ、これもイメージ的には黒属性の「〜〜の太刀」っぽいですが。なんていうか、「居合いの太刀」オーラフォトン版、みたいな。


さて、次回はイロウルさんですが……悩む。リツコさんに活躍させるか、何とか物理的殲滅の展開にもっていくか……
むぅ、お楽しみに。

今回はこれにて、それでは。