第一話
突然現れた人の気配にシンジが振り向くと、そこに立っていたのは一人の少年と三人の少女。
それぞれが――シンジの目から見て――奇妙な格好と持ち物――剣や杖、鎧に巫女服まである――を持ち、こちらを見ている。
シンジはしかし、その面々の奇妙さが気にならないほど、歓喜に震えていた。
――もう一度人と会えるなんて思っていなかった!
一度は驚愕にゆがんだ顔に、今度はあふれんばかりの歓喜を載せる。
そして、瞳からはあふれる感情が涙となって流れ落ちていた。
「よかった……よかった、人が……まだ人が生きてた……!」
シンジの様子に、彼から話を聴こうと考えていた四人も呆然とし、次に顔を見合わせると、どうしようか、とでも言うように困った顔を合わせる。
と、一人の少女――杖を持った一番年下に見える――が少年に近づき、そっと頭をなでた。
「ユーフィ!」
「大丈夫」
その様子に少年が声を上げるが、ユーフィと呼ばれた少女は軽く応えた。
そして、少女はシンジと顔を合わせると、
「大丈夫、泣かなくても大丈夫。私たちはここにいる。あなたは一人じゃないよ」
そう言いながらシンジの頭をなで続ける。
シンジは一瞬呆然とするが、その少女の優しい表情と自らに触れる他人の温もりに、再び顔をゆがめると、少女にすがりつき、再び声を上げ、涙を流した。
少女は、自分の服が涙で濡れるのにもかまわず、ゆっくりと彼を抱きしめ、大丈夫とつぶやきながらその背をなで続ける。
そして、シンジが落ち着きを取り戻すまで、それは続けられた。
○○○
「すいません、見っともない所をお見せして……」
落ち着きを取り戻したシンジは、恥ずかしがりながら少女から身を離すと、目の前の少女とそれを眺めていた三人に謝った。
「いいですよ。この状況です。きっと大変なことがあったんでしょう?」
そう声をかけるのは巫女服の少女。
「ふん」
学生服の少年は不機嫌そうにそっぽを向いているが、
「ユウト」
ワンピースの少女に諭すように名を呼ばれるとわかってるよとつぶやき、シンジに向き合う。
「落ち着いたところで悪いんだが、この状況を説明してくれないか? いったい何があったんだ? それにその子は?」
と、シンジの傍らの少女の亡骸を指しながら、切り出した。
「はい、わかりました……ちょっと長い話になります」
そう言ってシンジは話し始めた。
自分の体験した一年間の出来事を。
そして、その話はLCLの中で人々とつながったことで得た知識と記憶もあり、自身は体験したことの無い出来事や、補完計画の実態などについても、ほとんどすべてを網羅していた。
父に呼ばれてやって来た第三新東京市。使徒と呼ばれる怪物。十年ぶりの再会。エヴァンゲリオン初号機。出会った二人の少女。続く使徒との戦いの中、磨り減っていく心。そしてすべての使徒を倒した後の戦略自衛隊によるNERV侵攻。投入されるエヴァシリーズ。陵辱されるエヴァ弐号機とアスカ。そして起こったサードインパクト。残された赤い世界。
四人はそのすべてを厳しい表情で聞いていた。
「そうか……そのサードインパクトとやらが起こって今この状態というわけか。その子はさっきの話の、アスカちゃんなんだな」
シンジの傍らの少女を見ながら、少年は辛そうに言葉を発した。
「はい」
うなずくシンジ。
「でも、たった四人でも、LCLから帰ってきてくれる人がいたなんて」
と、うれしそうに続けた。
だが、それに対し、四人は申し訳なさそうな顔をすると、ワンピースの少女が
「私たちはこの世界の人間じゃない」
と言った。
「は?」
一瞬少女の言葉の意味がわからず、きょとんとした顔を見せるシンジ。
「どういう意味です?」
「言葉通りだ。俺たちはこの世界の人間じゃない」
問い返すシンジに応えたのは少年。
「じゃあ、貴方たちはいったい……」
「私たちはエターナルです」
そう言ったのは巫女服の少女だった。
「エターナル?」
疑問が尽きないという様子のシンジ。
「まず自己紹介からはじめよう。俺の名はユウト。聖賢者ユウトだ」
と言ったのは学生服に大剣を持った少年。
「私はアセリア。永遠のアセリア」
ワンピースに長柄の剣の少女。
「私は悠久のユーフォリアだよ」
杖を持ち、シンジを抱きしめてくれた少女。
「私は時詠のトキミと申します」
巫女服の少女。
四人がそれぞれに名乗りを上げ、
「アセリアは俺の妻。ユーフォリアは俺たちの娘だ」
大剣の少年――ユウトがそう締めくくった。
「は?」
ユーフォリアと呼ばれた少女とユウト・アセリアの二人の年の差は多く見ても4、5歳にしか見えない。
「ま、信じられないだろう? その辺も含めて説明するさ」
そして今度は少年たちが話を始めた。
世界はひとつではなく、多くの世界が時に平行に、時に枝分かれしながら大きな樹のように存在しており、この世界もそのひとつであること。
そして、さまざまな世界に大きな力を秘めた永遠神剣と呼ばれる武器があること。
それと契約したものは剣の持つ力を得た強大な存在になるということ。
これら永遠神剣はもともとひとつであり、それが砕けて数多くの神剣が生まれたということ。
永遠神剣には原初の一振りに戻ろうとする本能に従う「回帰性永遠神剣」とそれに自らの意思で反する「非回帰性永遠神剣」があること。
ある一定以上の力を持った神剣と契約したものはエターナルと呼ばれる存在となり、因果律から解放され、永遠の存在となること。
そして上位の回帰性永遠神剣と契約したロウ・エターナルという勢力と同じく上位の非回帰性永遠神剣と契約したカオス・エターナルという勢力がさまざまな世界を巡り果てることの無い戦いを繰り広げているということ。
「ロウ・エターナルの連中の目的はすべての世界を破壊して最初の一本の永遠神剣に戻ることだ。で、俺たちはそれに対抗しているカオス・エターナルのメンバーってわけさ」
と、ユウトはまとめる。
「そして、エターナルは年をとらない。だから、見た目の年の差がほとんど無い親子ってのもありえるんだ」
「はあ」
シンジはあまりにスケールの大きな話に呆然としている。
が、何とか我を取り戻すと、四人に尋ねる。
「でも、そんなすごい人たちが何でここに?」
「それなんだが……」
「それは私から説明しましょう」
シンジの言葉に、真剣な表情を浮かべる四人のエターナル。
そして説明を買って出たのはトキミだ。
「結論から言いますと、この世界が滅んだ一連の出来事にはおそらく永遠神剣がかかわっています」
「な!?」
トキミの言葉にシンジは驚愕の声を上げた。
「ロウ・エターナルの仕業なのか、それもと神剣が単体で起こしたものかは分かりませんが、シンジさんのお話を聞く限りサードインパクトというのは回帰性永遠神剣が引き起こしたものです」
すべてを滅ぼしてマナに還し、原初の一振りに戻ろうとする回帰性永遠神剣。
その本能を考えれば、すべてが溶けたこの赤い世界の結果にも納得がいく。
「そんな……」
「おそらく、使徒と呼ばれる存在は上位の永遠神剣の欠片なのでしょう。エターナル・ミニオンのようなものだと思います」
エターナル・ミニオンとはエターナルが生み出すことができる、下位の神剣を使う人形のような存在である。
「そして、第一使徒アダムと第二使徒リリス。その二つが上位神剣の本体ではないかと」
と自身の考えを述べていく。
それに対してシンジが疑問をはさむ。
「でも、この世界の人類は第18使徒リリンだったんですよ? 人間も……僕もその『神剣の欠片』だって言うんですか?」
「いえ、それは違うと思います」
死海文書とやらの記述が全部正しいとは限らないでしょう? とも続ける。
「ただ、この世界の人たちはおそらく、より神剣に近い、スピリットのような存在だったのでしょう」
スピリットとは神剣を使うために神剣とともに生まれてくる存在。先ほどの自己紹介の後の話の中で、アセリアもまたかつてスピリットだった――エターナルとなったアセリアはもはやスピリットではないが――ということも聞いていた。
「俺たちもこの世界の時間で15年位前に神剣の波動を感じたんだ。それから何とか介入しようと思っていたんだが、門が開く条件が整わなかったんだ」
と声を発したのはユウト。
15年前とはおそらく、セカンドインパクトのことであろう。
エターナルは世界を渡ることができる。しかし、それにはさまざまな条件が必要であり、自由に行き来できるわけではない。
基本的には周期的に発生する「門」と呼ばれる時空のゆがみを神剣の力で矯正して世界を渡るのだ。
「直前にものすごい神剣の波動を感じて、やっとこの世界に来た、と思ったら、この状態だったわけさ」
と話を締めくくる。
「そうだったんですか……」
うなずきながら、新たに与えられた情報をこれまでの知識に加味しながら考えていく。
しかし、
「でも、今さらどうしようもない……ですよね」
結局その結論にたどり着いてしまい、再びうつむくシンジ。
だが、
「そんなこと無いよ」
「え……」
その言葉に顔を上げる。
それを発したのは今まで黙って話を聞いていたユーフォリアだった。
「それってどういう……?」
「だって、私たちはこの世界を助けるために来たんだもんね!」
そう言って同意を求めるようにほかの三人を見回す。
「そう」
「ああ、その通りだ」
「はい。私の持つ神剣は時を司る神剣です。この力を使えば、過去に戻ることもできるんです」
アセリア、ユウト、トキミの順に三人も笑顔で答える。
「過去に戻って、歴史を修正する。この結末を無かったことにするために俺たちはこの世界に来たんだ」
と、強い意志を感じさせる表情で、ユウトはシンジに告げた。
だが、と前おくと、
「それにはシンジ君、君の協力がいるんだ」
と真剣な表情で彼は言葉を続けた。
「僕の?」
「ああ、協力してくれるか?」
「はい、僕にできることなら何だってやります!」
真剣な、しかし喜びを隠し切れない表情で応えるシンジ。
「かなり、辛い目にあうぞ?」
「どんな辛い目にあったって平気です! それでみんなをアスカや綾波を助けられるなら……!」
ちらりと傍らに眠る今は息をしていない少女を見ると、真剣な表情で言葉を発する。
「そうか……」
シンジの目をじっと見つめるユウト。
シンジは一瞬ひるむが、意思をこめてユウトを見つめ返す。
しかし、次のユウトの言葉でシンジは呆然とすることとなった。
「助けた後、その二人はおろか、世界中の人々の記憶から君の存在が消えるとしてもか?」
「え……」
ユウトの発言に言葉が出ないシンジ。
「ユウトさん……」
トキミがとがめるような声を出すが、
「トキミにも分かってるんだろう? どうすればこの結果を無かったことにできるのか」
「それは……」
言いよどむトキミ。
「どういうことなんですか?」
そんな二人の様子を見て、シンジは尋ねた。
「さっきも言ったが、サードインパクトは上位神剣……シンジ君の話を聞く限り、リリスによって起こされたものだと考えられる」
「はい」
「そして、サードインパクトの時依り代の役目をしたシンジ君は、リリスの契約者に近い状態になっているんだ」
だから、と続け、
「サードインパクトよりも前に、少なくともその瞬間までにきちんとリリスと契約し、その力を制御することができれば……」
「サードインパクトを防ぐことができる……?」
ユウトの言葉に続けるようにシンジが言う。
「そうだ」
そしてユウトの言葉と表情がそれを肯定する。
「でも、みんなの記憶から消えるっていうのは……」
「言っただろう? おそらくリリスとアダムは上位神剣。それと契約するってことは、君はエターナルになるって言うことだ」
「あ……」
シンジは先ほどの話を思い出す。
エターナルとは因果律から解放された存在。エターナルになる以前の出来事はすべて「無かったこと」になってしまう。当然、かかわった人の記憶からも消えていくことになる。
「どうする? それでもやるか……?」
うつむき、考え込むシンジ。しかし、決断は早かった。
「やります。たとえみんなから忘れられるとしても、僕は、こんな結末は認めない。それでみんなが助けられるなら、僕は……やります!」
真剣な表情でユウトを見つめる。
対するユウトはその表情をしばらく見つめ、その意志の固さを感じると、大きくうなずいた。
「よし、分かった! シンジ君……いや、シンジと呼ばせてもらおう。これから俺たちは仲間だからな」
「はい! よろしくお願いします!」
ユウトの言葉にうれしそうにうなずくシンジ。
「さてと、具体的にどうするかだが……ん?」
と、次の話に移ろうとしたユウトが何かに反応する。
どうしたんですか、とシンジがたずねると、
「いや、『聖賢』がな……」
と答えた。
「せいけん?」
聞き返すシンジに答えたのはユウトではなくアセリアだった。
「ん、『聖賢』はユウトの剣」
「へ?」
「私たちエターナルは上位の永遠神剣と契約しているのは話したでしょう? そして永遠神剣にはそれぞれ意思があります。下位の神剣は本能と呼べる程度のものしか持たないものもありますが、上位の神剣ともなれば、自らの意思を持ち、契約者と会話することもできるんですよ」
と補足するトキミ。
「ということは皆さんも?」
「はい。私の剣はこの永遠神剣第三位『時詠』です」
と言って腰にさした50cmほどの小剣を示すトキミ。
他にも持ってるんですけどね、と言って微笑む。
「私のはこれ。第三位神剣『永遠』」
アセリアも持っている長柄の剣を示す。
シンジはへぇとうなずきながら、
「でも、ユーフォリアさんは剣なんて持ってましたっけ?」
とたずねる。
たずねられた少女は、
「私のお友達はこの子」
と言いながら、持っていた杖を示し、
「この子の名前は『悠久』 第三位永遠神剣『悠久』 私はゆーくんって呼んでるの」
と言った。
「でも……」
まだ疑問の尽きない様子のシンジに、
「神剣と言っても、剣とは限らない……」
「そうです。杖や槍、腕輪型の神剣なんてものもあるんですよ」
とアセリアとトキミの二人が答えた。
「なるほど、分かった」
ユウトが『聖賢』との会話を終えたのか、神剣講座をしていた四人に向き直ると、
「シンジに神剣を造ろうと思う」
と言った。
「へ?」
とシンジはぽかんとした様子だが、激しく反応したのはトキミだった。
「そんなことができるんですか!?」
「『聖賢』の話だと、この世界は生き物を構成していたマナとエーテルで満ちている。それに神剣の欠片が混じっている状態だから、俺たちの神剣で共鳴させて、形を与えてやればできるらしい」
「なるほど……」
ユウトの言葉をトキミは吟味するように考え込み、
「そうですね、今のこの世界の状態ならできるかもしれません」
それに、と続けて、
「シンジさんがリリスと契約する上でも、あらかじめ契約している神剣があれば、やりやすいかもしれないですしね」
と結んだ。
「ああ、『聖賢』もそう言ってた」
ユウトも同意する。
「え、え?」
周りでどんどん話が進む中、シンジだけは状況を理解していない。
「大丈夫だよ。シンジ君にもお友達ができるだけだって」
と軽い調子で話しかけるユーフォリア。
「そ、そうなの?」
「そうそう」
不安げなシンジに対し、あくまで軽く明るい少女。
「それに、この世界を助けるんでしょう? そのために必要ならどんな力だって持っていくべきだよ」
と、少しだけ真剣な表情で言葉をつむぐ。
それは、幼く見えても、永い戦いの時をすごしてきた、戦士の言葉に思えた。
その言葉に、はっとしたシンジは無意識にうなずいていた。
そして、今度は自分の意思でしっかりとうなずくと、
「うん、そうだね。そうだ」
と言ってユウトたちのほうへ目を向ける。
すると、ユウトたちもシンジたちのほうを見ており、
「決心はついたようだな。じゃあこっちへ来てくれ」
とシンジを促した。
ユウトとトキミ、そしてシンジの三人は、LCLの海のほとりまで歩いてきた。
ユーフォリアとアセリアの二人は三人を遠巻きに見ている。
「じゃあ、これから俺たちが神剣を構成する」
どんな剣が生まれるかは分からないが、と続けるユウト。
「シンジさんは生まれてきた剣と対話をして契約してください」
ユウトの言葉に続けるトキミ。
「この世界はリリスの力に満ちています。その欠片で神剣を造るんです。リリス本体に最も近い場所にいたシンジさんなら大丈夫ですよ」
と安心させるように言葉をつづける。
「はい、よろしくお願いします」
シンジも真剣な様子で頭を下げる。
「それじゃあ、始めるぞ」
と言うと、ユウトとトキミは目配せをして、それぞれ自らのパートナーたる神剣を抜き放つ。
「マナの支配者たる神剣の主が、第二位永遠神剣『聖賢』の名において命じる……」
「時を司りし、永遠神剣第三位『時詠』とその主が命じる……」
それぞれが歌うように言霊を発していく。
そして……
「今は眠りし神剣の欠片よ、我らが呼びかけに答え、新たなる容をとれ!」
「新たなる神剣となりて、彼の者の力となれ!」
二人の言葉が結ばれると同時、LCLの赤い海面が光を発して波打つ。
と、そこから引き抜かれるように美しい剣が姿を現した。
それは1mほどの長さの片刃の長剣だった。柄は30cm程度でシンジの拳が3つほど並ぶ長さだろうか。そりは無く、刀身は美しい紫色をしている。鍔は無く、柄との境目に紅い装飾があり、柄は白い。柄頭の部分から40cmほどの飾り緒が伸びており、その先には黒い玉が結ばれていた。
「シンジ、契約を」
ユウトの言葉に押されるように、シンジはその剣の前に歩み出た。
「僕の名はシンジ、碇シンジだ。この世界を救うためにどうか力を貸してほしい」
そう真剣な表情で剣に語りかける。
「僕はこんな終わりは認めない! こんな救いの無い結末なんて嫌だ! みんなが笑える世界を取り戻したいんだ! でも、僕には力が足りない。だから君の力を貸してほしいんだ!」
と、シンジの頭の中に柔らかな女性の声が響く。
(貴方の望みは解りました。私も、私の母たる存在もこのような緩慢な破滅しかない結末は望んでいません)
「母たる存在?」
(私は第五位永遠神剣『福音』 かつてエヴァンゲリオン初号機と呼ばれた魂。そして私の母とは貴方たちがリリスと呼ぶ存在)
「初号機!?」
(今は『福音』です。わが主にして友、碇シンジ。貴方に力をお貸ししましょう。ともにこの世界を救いましょう)
笑いを含んだ声でそう言われ、大声を上げたことを少しだけ恥ずかしがりながら、
「ありがとう、初号機……いや、『福音』 これからよろしく!」
シンジはそう答えると、目の前に浮かんだ『福音』に手を伸ばし、その柄を掴んだ。
(はい)
『福音』の声にも喜色が混じる。
「どうやらうまくいったみたいだな」
「ユウトさん、トキミさん……はい、この剣は五位神剣『福音』 エヴァ初号機の魂を持ってるそうです」
というシンジの言葉に、二人は一瞬びっくりした顔をするが、
「そうか、初号機とやらはリリスの模造品だったんだっけ」
「なるほど、まさしくその剣は上位神剣であるリリスの欠片なのですね」
と納得した様子でうなずいた。
「それがかつての戦友であるシンジの言葉に答えたってことか」
「思った以上に頼もしい味方ですね」
「はい!」
二人の言葉にシンジもうれしそうにうなずいた。
○○○
再び集まった五人はこれからのことを話し合った。
「さて、これから過去に行くわけですが」
トキミはシンジの顔を見ると、
「シンジさんには心、精神だけ戻ってもらいます」
「へ?」
「だって、戻った先にもシンジさんがいるんですよ? 同じ人間が二人いるという矛盾を世界は許しません。どちらかが消えることになってしまうんですよ。過去のシンジさんが残っては意味が無い。でも、過去のシンジさんが消えれば、今のシンジさんも存在できなくなって消えてしまう。だから結局そのまま戻ってはどうしようもないんです。その点、精神だけ戻れば、その精神は過去の肉体に宿ります。過去の自分は消える……と言うより心が一つになると言う表現が正しいですね。これなら問題ないんです」
神剣との契約は心でするものですしね、と続ける。
つまり精神だけが戻っても『福音』との契約は有効なのである。
「はぁ……解りました」
トキミの説明にうなづくシンジ。
簡単に過去に戻るって言っても大変なんだな、などと考えているが、それは口には出さない。
トキミは話を続ける。
「もう一つなんですけど、いつまで戻りますか?」
「え?」
「私の考えでは、4年前くらいを目標にすると、プラスマイナス1年くらいで大丈夫だと思います」
時間っていうのはデリケートなんです、と続けるトキミ。
数日や数週間、長くても数ヶ月くらいの遡行ならばかなり正確に転移できるが、年単位になると精度が極端に落ちるのである。
戻るタイミングとして考えられるのは、一年前第三新東京市に呼ばれた日が妥当だと思われる。
しかし、後にずれれば間に合わない可能性があるので、余裕を見て四年という数字が出たのだった。
「なるほど」
いちいちうなずくシンジ。
「それくらいなら、早く戻っても『その時』に向けて準備ができるし、遅くなっても一年前には戻れるか」
と、トキミの言葉を吟味するようにうなずくユウト。
「そうですね……それくらいなら、父さんとちょうど会わなくなるくらいだし、いいかもしれません」
シンジもうなずいた。
「では、四年前を目指す、と言うことで」
トキミがまとめる。
「最後なんですが、私はこの時代に残ろうかと思います」
「え?」
「どうしてだ?」
不安そうなシンジの声といぶかしげなユウトの声。
それに対し、トキミははい、とうなずくと言葉を続ける。
「私たちがこの世界に介入していることにロウ・エターナルが気づけば邪魔が入るかもしれません。それを防ぐためにここに残ろうと思うんです」
「一人で大丈夫なんですか?」
シンジは心配げな声を出すが、
「大丈夫だよ。トキミは俺たちよりかなり年上だからな」
とふざけたように答えるのはユウトだ。
「? 年が関係あるんですか?」
不思議そうなシンジに、
「エターナルっていうのは、力が大きすぎる分なかなかそれを使いこなせない。それをいかにうまく使えるかっていうのはやっぱり経験によるところが大きいんだ。全部がそう、とも言えないが、同位の神剣を持つエターナルなら、エターナルになったのが早いほうが強いんだ」
とユウトが答えた。
「なるほど……!?」
またも感心したように納得するシンジ。だが、次の瞬間異様な気配に振り向く。
そこにいたのは昏い雰囲気を巫女服の上からまとったトキミだった。
「ト、トキミさん?」
「…………」
シンジの声にもトキミは答えない。
その目はただ、ユウトを見つめている。
そして、
「ユ〜ウ〜ト〜さ〜ん?」
地獄の底から響くような声でユウトの名を呼ぶ。
「う」
冷や汗をかいて静止するユウト。
そこにゆっくりと剣を抜き、扇を広げながらトキミが近づく。
「誰が年増ですって〜!?」
剣を振り上げエーテルのこもった一撃を繰り出す。同時に懐から取り出した符を扇で扇げば、まさしく閃光のような勢いでそれらはユウトへと向かう。
対するユウトはあわてて大剣を抜くと、障壁を張る。
「わ、悪かったトキミ!? だから許してくれ!!」
「ゆ〜る〜し〜ま〜せ〜ん!!」
激しい攻防が続く。
それを呆然と眺めながら、
「あの、止めなくていいんでしょうか?」
とシンジがほかの二人に聞くが、
「ん、いつものこと」
「お父さんも懲りないんだから……」
と、あきれた様子で止める気配は無い。
実はこの喧嘩、いつものことなのである。ユウトがトキミの年をからかい、トキミが怒って攻撃する。
最初は止めていたアセリアだったが、いい加減うんざりして止めなくなって久しい。
ちなみにユーフォリアは生まれたときからのことなので、こういうものだと思っている。
「あ、あはははは……」
乾いた笑いを浮かべるシンジ。
「そ、そう言えば、皆さん、おいくつくらいなんですか?」
「私とユウトが2周期。トキミは3周期」
「私は半周期より少ないくらいかな?」
アセリアとユーフォリアが答える。
ちなみに、1周期は約3000年程度である。つまり、アセリアとユウトは6000歳。ユーフォリアは1500歳弱、トキミにいたっては約10000歳である。
この説明を聞いたシンジが改めてエターナルと呼ばれる存在のスケールの大きさに驚愕しているのだが、それは余談である。
一方、ユウト対トキミの理由はしょうもない割りにやたらとハイレベルな喧嘩は、攻撃するだけ攻撃してストレスを発散し、さわやかな顔のトキミと、攻撃は何とかすべて防ぎきったものの、消耗して膝をつき、肩で息をしているユウト、という結果に終わった。
この結果もいつものことらしい。
「まあ、私としては納得の仕方に異論はありますが、大丈夫です」
ユウトをにらみながらトキミはそう言った。
「それでは他に何かありませんか?」
と他の面々を見渡しながら教師のようにそう続ける。
「ああ」
「……ない」
「ん、ないよ」
「僕もありません」
ユウト、アセリア、ユーフォリア、シンジの順に答える。
トキミはそれに満足そうにうなずくと、
「それでは早速はじめましょう」
そう言うとシンジたちを一箇所に集め、できるだけ近づくように指示を出す。
「それでは行きます」
それと同時に剣を抜き、顔の前にかざす。
先ほど見せた『時詠』よりも少し短めに見えるその剣。しかし、『時詠』よりも存在感がある、と言えばいいだろうか。シンジは己のパートナーたる『福音』のそれを遥かに凌駕する力をその剣に感じていた。
「私の持つ剣の一つ『時逆』です。その名のとおり時を遡る力を持ちます」
シンジの視線に気付いたのか、そう言って微笑むトキミ。
「それでは行きますよ……」
目を閉じて詠唱を始める。
「時を司りし永遠神剣『時逆』の名において命じる……」
「……すごい」
『福音』と契約したシンジには、詠唱とともにトキミの周囲に渦を巻くマナとエーテルを感じていた。
「この者たちを過ぎ去りし過去へと還せ!」
そして、詠唱の結びとともに、シンジたちは光に包まれる。
「皆さん、がんばってくださいね!」
その言葉を合図にするように、シンジたちを包んだ光は一際大きく輝き、そして消えていった。
光が消えた後には何も残っていなかった。