第三話


闇に沈む夜の街に静かに佇む二つの巨大な影があった。

一つは紫の装甲に包まれた鬼面の巨人。

もう一つは黒い外皮に覆われた異形の巨人。

紫の巨人の肩を拘束していた箍が音を立てて外れる。

その音こそ、後に「第一次直上会戦」と呼ばれる戦いの始まりの音だった。




○○○




――――エントリープラグ内


シンジは前方やや右の方角に見えるサキエルの後姿を見ながら、心の中で『福音』に語りかける。

(さあ、行こうか『福音』!)

(はい、シンジ)

シンクロ率こそ40%そこそこだが、今の二人にはそれを越える絆があり、力があった。

シンジは感じる。周囲のマナの流れを、自身を構成するエーテルの力を。

戦いに向けて集中力を高めていく。

と、




『まずは歩くことだけ考えて!!』




かくっと音を立ててシンジの肩が下がる。

(やっぱりそれなのか……これからって時に……)

と思いながらも、

「歩く……ね」

(『福音』 慣らし運転だ)

パートナーに語りかける。

(はい)

エヴァがゆっくりと一歩を踏み出した。

『歩いた!』

途端に通信からうれしげなリツコの言葉と喜色を含んだ発令所のざわめきが聞こえてくる。

(……前回は気づかなかったけど、こうして繰り返してみると無責任だよな)

素人の少年をいきなり呼び寄せて、動くかもわからない兵器に乗せ、指示を出したかと思えば「歩け」 歩いてみればそれだけで大騒ぎ。よく死ななかったものである。

少し頭にきたシンジは意趣返し、とばかりに発令所に声をかける。

「歩くかもわからないものに乗せたんですか?」

冷ややかなその声に一気に静まり返る発令所。

「ま、いいですけど……」

そう言いながらシンジと『福音』は「慣らし」を続けていく。

その場で軽くステップを踏み、右手を上げて軽く握りこむ。

「ま、行けそうかな」

(はい)

シンジの様子に調子を取り戻したのか、

『すごい……とてもはじめて乗ったなんて思えない……行けるわ!』

リツコは興奮した様子でマヤにデータの収集を命じている。

「さて、こっちはいけそうですけど、どうすればいいんですか?」

それを横目で眺めながら、シンジは指示を求めた。




○○○




――――発令所


『どうすればいいんですか?』

シンジからの問いかけに、発令所の人間の視線が一斉にミサトに集中する。

「え? えっと……」

さて、この作戦部長、とりあえずエヴァが動けばどうにかなると思っていたらしい。私の指示で、とかいきまいていたわりに何も考えていないせいで言葉が出てこない。

「あ〜、と、その……」

それを冷ややかな目で眺めていたシンジは、呆れたため息をつく。

(そろそろ時間がもったいないし……)

『武器は?』

「え? えっと、リツコ、お願い」

照れ隠しのつもりかへらへらと笑いながらごまかすミサト。

「……肩にプログレッシブナイフとニードルガンが装備されているわ」

まだそれしかできていないの、とリツコ。

続けてマヤが、プラグ内のレバーで操作できることを伝える。

『了解。じゃあ、こっちで適当にやります』

「あ、ちょっと待ちなさい!」

『何ですか?』

「私の指示に従いなさいってば!」

『だったら指示してください』

「う……」

そこで言葉に詰まるなよ、と発令所の全員が心の中で突っ込んだ。

同時にスクリーンの中のエヴァがプログナイフを装備した。

「ああ、そうだ」

と、ユウトが忘れてたとでも言うように軽く、しかし、真剣な声音でシンジに声をかける。

「周りに逃げ遅れた人とかいないだろうな? そんなでっかいのが二つも暴れたらひとたまりも無いぞ」

「だから、ちょっと待ちなさいってば! 指示するのは私だって言ってるでしょ!? 大体避難はもう終わってんのよ! 人なんかいるわけ無いでしょ!? そんなこともわかんないような部外者が口を出すんじゃないわよ!!」

打てば響くではないが、ちょっと口を開けばこの有様。

気に食わないことがあるとは言え、実戦中の指揮官の態度ではない。

そもそも指揮官の仕事とは、怒りや恐怖と言った感情に流される前線の兵士をなだめ、はげまし、自身の感情を抑えて大局的な判断と的確な指示を行うことである。

間違っても自身の感情に任せて大声を上げることではない。

ユウトは数々の世界での膨大な戦闘経験からそのことを知っていたし、研究施設上がりとは言え、仮にも軍事組織の形をとるNERVでは尉官以上の人間にはある程度の指揮官訓練も課されており、同様のことを知っている。

その上、ミサトには本格的な軍事訓練と従軍経験があるはずである。

ユウトはいい加減、呆れを通り越して怒りを感じ始めていた。

「もういい、あんた黙ってろ」

なおもわめこうとしていたミサトを制止する静かな声。

「なによ、あんたは部外者なんだから……」

と言いかけるが、ユウトの無言のプレッシャーに耐え切れず押し黙る。

その目は語っていた。『邪魔をするな』と。

ミサトは動物的な勘で気付いていた。ここで逆らえば自分の身は無事ではすまないと。

「シンジ、邪魔者は黙らしたから、存分にやれ」

『はい、じゃ、行ってきます』

ユウトの声にシンジは何事も無かったかのようににこやかに答えた。




○○○




――――エントリープラグ内


「はい、じゃ、行ってきます」

答えると同時、シンジは目を閉じて集中する。

(たしか、トウジの妹さんがいるはず……『福音』 わかる?)

(……いえ、こちら側にはいませんね。恐らく、アレの向こう側では?)

と今は初号機となった『福音』の意識がサキエルを示す。

考えてみれば、前回とは逆の位置に立っているのだ。怪我をしたトウジの妹が自分たちのそばにいるはずが無い。

そのことに思い至ったシンジは、瞬時にどう攻めるかを考える。

(よし、念のために、奴の横に出てふっとばす。後ろに下がらせない!)

(わかりました。では行きましょう!)

『福音』が答えると同時、初号機は二、三度軽くジャンプすると大きくひざを曲げてしゃがみこんだ。

そして次の瞬間、ひざのバネをこれでもかとばかりに使い、大きくジャンプする。

『翔んだ!?』

発令所から驚いたような声が聞こえるが、もはやシンジは無視。その意識はすべてサキエルへと向いている。

ふんわり、と、まるで重さを感じさせない所作でサキエルの横手に降り立つ。

一瞬で距離をつめられたサキエルは驚いたように身を捩じらせ、右手を初号機に向ける。

あの光のパイルを使うつもりなのだろう。

しかし、

「させるか!」

シンジは敵の攻撃よりも早く、コンパクトな――しかし、力の凝縮された――回し蹴りを放つ。

轟! という音を引き連れて、サキエルは吹っ飛ばされた。



 ――!!!!



声にならない悲鳴が聞こえる。

街に被害を出さないために、やや上方向にベクトルの加えられた蹴りによって、星の瞬く空へと向かってサキエルは舞い上がるが、彼が地上へと落ちる前にシンジはさらに動いた。

再び大きくジャンプをすると、吹っ飛ばされたサキエルへと一直線に近づき、その手に構えたプログナイフの一撃を加えようとするが、



キィィィィィン!



澄んだ音を立てて、それを阻む紅い半透明の輝きが現れた。

A.T.フィールドである。

そのまま両者は市街地を越えた場所に着地する。

またしても重さを感じさせないように滑らかな着地を決める初号機に対し、サキエルも何とか姿勢を整え、両足で着地する。

A.T.フィールドは展開されたままだ。


『シンジ君! それはA.T.フィールドと呼ばれる使徒のバリアよ! それが展開されている限り、こちらは何もできないわ!』


通信からはリツコの叫ぶ声が聞こえてくるが、シンジはやはり聞いていない。

(A.T.フィールド……『拒絶』のオーラか……でも!)

初号機はナイフを肩のラックに収納すると、右足を一歩引き、右手を腰だめに構える。

「マナよ、オーラフォトンへとかわれ……」

静かにシンジがつぶやくと同時、初号機の右手が淡く白い輝きに包まれる。

「これで決める! オーラフォトンブロウ!!」

一気に距離をつめ、輝く右手を振りぬく。

その拳はあっさりとA.T.フィールドを貫き、サキエルの胸部にある球体――コアへと到達する。

拳の直撃を受けたコアはかすかに抵抗するようにきしむが、やがてガラスの割れるような音ともに砕け散った。

(『福音』 欠片の回収を……)

プラグ内に立てかけてあった直刀が一瞬だけ金色のマナ光に包まれる。

と、砕けたコアが金色の光の粒子に変わり、夜空に散る。そのなかから一筋の光が初号機へと向かった。

(はい。サキエルのコアに干渉……神剣アダムの欠片を回収しました)

その光が初号機に消えると、使徒の体が金色の光に包まれる。

そして次の瞬間、その光が一斉に散る。

それは数千、あるいは数億の蛍が闇夜を飛び交うような美しい光景に見えた。

その光が消えた後には、サキエルがいたことを示すものは何も残っていなかった。

しばらくして、


『ぱ、パターン青、消滅……』


という発令所からの報告を待って、

「回収をおねがいします」

とシンジは声を出した。




○○○




初号機の回収のために喧騒の収まらない発令所。しかし、使徒が倒されたことによってそこには歓声が溢れていた。

しかし、その中で喜んでいないものが数人いた。




「何? あの光は……?」

「解りません。計器は何の数値も示していません。A.T.フィールドの展開もありません……」

まずは技術部の二人。

リツコが呆然とした声を上げ、答えるマヤの声も力が無い。

二人にとって、目の前のスクリーンに映し出された映像は信じられないものだった。

急激なシンクロ率の変化に始まり、初めてにもかかわらず、意のままにエヴァを操るパイロット。さらにエヴァの腕が光ったり、倒された使徒が光に変わるなど予想外の出来事だらけである。

(それに、シンジ君やあの高嶺ユウトという少年が全く動揺していない……どういうこと? こうなることを知っていたというの? ……あり得ないわ。あの剣の事もあるし、後でじっくりと聞く必要があるわね)

ちらりと横目でユウトを見ながら、リツコは己の好奇心をどのように満たそうか考える。

「ケイジに行ってくるわ。後はよろしくね」

そして、マヤにそう告げると

「貴方も来るでしょう?」

ユウトに声をかけてケイジへと向かった。




「ぐ……」

次は復讐に燃える作戦部長。

悔しそうに唇をかんで、憎憎しげに悠然と立っている初号機を見つめる。

(これは私の復讐なのに! 私の指揮で、私が使徒を倒すはずだったのに!! 私が……私が!)

頭の中でぐるぐると思考が渦を巻く。

(次は、こんなことさせない……私の命令に従わせるわ、何としても! そう、今回はまぐれよまぐれ、ビギナーズラックね。考えてみれば私の指揮なしに使徒が倒せるはずが無いんだもの。たとえ、最初は命令に従わなくったって、最後には泣きついてくるわよ)

渦巻く思考が妄想へと変わり、そこまで来たところでようやく折り合いをつけ、目を伏せて一度ため息をつくと、

「エヴァ初号機を回収。四番から。急いで」

不機嫌に日向へと指示を出す。

「私もケイジに行くわ」

そう言ってリツコとユウトの後に続いた。




「碇、これはだいぶシナリオとは違わんか?」

「問題ない。初号機は起動した。機会はいくらでもある」

最後は発令所の最上段に佇む二人の男。

この二人のシナリオでは無理矢理、訓練もろくに受けていないシンジを初号機に乗せて使徒と戦わせ、生命の危機を起こすことで暴走させ、初号機の中に眠る碇ユイの魂を覚醒させることになっていた。

しかし、現実にはシンジは初号機を完全に制御し、あまつさえ使徒を倒してしまった。

「しかし、この初号機の力は予想を遥かに超えている。シンジ君の様子もなにやら普通ではないし……」

「所詮子供です。どうとでもできる。もし邪魔になるようなら消せばいいだけの話だ」

奴は所詮、予備なのだから、と続ける髭眼鏡。

傲慢な態度で回収口へと向かう初号機を見つめる。

(果たして、そう上手くいくものかな?)

白髪の老人は心の中でそうつぶやき、一抹の不安を抱えながらも、黙って立っていた。




○○○




ケイジでは回収された初号機から下りてきたシンジが歓声と拍手に迎えられていた。

周りを見渡せば、喜びと興奮を顔いっぱいに浮かべた整備員たちがこちらを見ている。

(やれやれ、自分たちが何したのか解ってるのかな?)

シンジにしてみれば、無理矢理戦場に放り出されたのである。

もとからそのつもりだったとは言え、そのことはNERVの人間が知っているはずも無く、自分たちが死地に送り込んだことを忘れているとしか思えなかった。

(ま、ろくに説明もしなければ敵に勝ったのに礼も言いに来ない司令殿よりはまし……か)

そう思いながら、前方から歩いてくる三人を見つめる。

発令所からやってきた、リツコ、ミサト、ユウトの三人である。



「どうして……」



「よ、お疲れさん」

ミサトが私の指示に従わなかったの、と続けるよりも前にユウトがシンジにねぎらいの言葉をかける。

「ええ、ちょっと疲れましたね」

それに対して笑顔で答えるシンジ。



「ちょっと、私の……」



「とりあえずシャワーと着替えだな」

ミサトが話を聞きなさい、と続ける前にユウトがそう言葉を続ける。

「そうですね」

シンジがうなづく。



「あんたたち、いい加減に……」



「こっちにシャワールームがあるわ」

ミサトがしなさい、と続ける前にリツコが言葉を発する。

「着替えは俺が預かってるよ」

とユウト。

「じゃあ、着替えたら司令と話をさせてください」

さっきの条件ですよ、とシンジ。

「解ったわ。シャワーの間に司令には連絡しておくわね」

リツコはそう返すと、こっちよと先にたって歩き出した。

それに続くシンジとユウト。



「こら、あんたら……」



「そうそう、それと」

ミサトが待ちなさい、と続ける前にシンジはそう言って振り返る。

「『どうして私の指示に従わなかったの』とか、そういう疑問はきちんと指示できるようになってから言ってくださいね。僕はどうすればいいのか貴方に聞きました。でも貴方は答えられなかった。だから勝手に戦わせてもらいました。もし次があるのなら、そのときは貴方の指示が従えるものであることを願いますよ」

一気にそこまで言葉を発すると、じゃあ行きましょう、とユウトとリツコを促して歩き始める。

(無様ね……)

ちら、とリツコが振り返ると、そこには顔を真っ赤にするも何も言い返せないミサトが残されていた。




○○○




薄暗い空間が広がっていた。

無意味に広い室内にあるのはぽつんと置かれた机が一つだけ。

床に描かれたセフィロトの木の文様だけが異様な雰囲気を演出している。

某作戦部長の執務室、某マッドの研究室に並ぶNERV最大の魔窟の一つ、司令室であった。

その空間にあるのは五つの人影。

執務机に腰掛け、顔の前に手を組む髭とその後ろに佇む電柱。

それに相対すように立っている白衣の女性――リツコとそれに連れられた二人の少年――シンジとユウトであった。

「さて、こっちからも『客に対して椅子も無いのか?』とか、『いくらなんでも暗すぎるだろ、ここ。仕事できんのか?』とか『まじめにやってんのか?』とか、いくつか言いたいことはあるけど、そっちもなんかあるんじゃないの?」

口火を切ったのは一歩前に出たシンジだ。

その物言いに、ユウトはぷっと吹き出し、冬月とリツコは目元をピクリと動かすが、ゲンドウは身じろぎ一つせずに答えた。

「……お前はサードチルドレンとして登録された。今後もエヴァで使徒と戦ってもらう。拒否は許さん」

この言い方に頭を抱えたのはリツコと冬月の二人。

(もうちょっと言い方というものがあるでしょうに……)

(碇め、厄介ごとを起こさんと気が済まんのか!?)

リツコはため息をつき、冬月は青筋を浮かべている。

「……僕としてはいきなり呼び寄せといて訳のわからんモノに乗せ、あまつさえ戦場に放り出したおわびとか、見事に敵を倒したことに対するお礼とかを期待してたんだけど?」

ため息をつきながらそういうシンジ。最も自分のことしか考えていないこの司令がそんなことをするとはこれっぽっちも思ってなかったが。

「そ、それはもちろん、十分に感謝しているともシンジ君」

あわててそういう電柱。しかし、相手に言われてから言う感謝ほど信用ならないものも無い。

「あなたは?」

「私は副司令の冬月コウゾウだ。君の両親とは古くからの知り合いなんだよ」

となれなれしく自己紹介する冬月に対し、

「ま、いいですけど……」

冷ややかな目で二人を見つめるシンジ。

「ともかく、それは拒否させてもらいます」

そのまま、きっぱりとそう告げた。

「そ、そんな、シンジ君、ちょっと……」

「拒否は許さんと言ったはずだ」

リツコの言葉を遮るようにゲンドウが声を出す。

「大体、何の権限があって勝手にそんなことを言ってるのさ?」

「特務権限による強制徴兵だ。拒否すれば国連、ひいては人類に対する反逆者として処罰される」

そう言ってニヤリと笑う。

(所詮は子供、脅せばいくらでも言うことを聞く)

そんなことを考えていたのだが、

「特務権限による徴兵には国連の承認か徴兵しようとする相手の国籍国の政府の許可が要るだろうが。それはとってあんのか?」

そう言葉を発したのは今まで黙っていたユウトだ。

「ぐ……」

ゲンドウ、脅せば言うことを聞くと思っていたのでそのあたりの根回しを全くやっていなかった。

「大体、シンジは『碇』の後継者だぞ? そんなこと碇の一族が許すものかよ」

と止めを刺した。

碇財閥と言えばその名をとどろかす世界有数の企業グループであり、その経済力は小国どころか大国にさえ匹敵する。その影響力は日本政府はおろか、国連であろうと無視できないものであった。

「と、言うわけで拒否させてもらいます」

にっこりと笑うシンジを恨めしげな顔でにらむゲンドウ。

「ちょっと待って、シンジ君。貴方がエヴァに乗ってくれないとこちらとしてはとても困るの」

「そうだ、シンジ君。君が乗ってくれないと、世界が滅ぶかもしれないんだよ」

そんなシンジを何とか説得しようとリツコと冬月はそう訴える。

それに対し、シンジは不思議そうな顔で

「僕、乗らない、なんて言ってませんよ?」

と返した。

数秒の沈黙が暗い司令室を支配する。

「「「なに(んですって)!?」」」

「だから、エヴァには乗ってもいいって言ってるんです」

数秒の後、声をそろえて大声を出す三人に対し、平然と答えるシンジ。

「しかし、今拒否すると……」

と聞く冬月に対し、

「僕が拒否するのは、『サードなんたら』に関してです。僕はNERVに所属するつもりはこれっぽっちもありません」

この辺の交渉がこの会談の目的ですよ、と告げる。

「さて、ではこっちの言い分も聞いてもらいましょうか」

そう言ってシンジは条件をあげる。

「さっきも言いましたが、エヴァには乗ってもいいけどNERVに所属する気はありません。民間協力者、と言う扱いにしてもらいます。戦闘中はそちらの指揮に従いますが、指示が無い場合や明らかにおかしい指揮に対してはこちらで対処させてもらいます。さっきみたいにね。あと、使徒戦に関しては乗るつもりですが、実験だの訓練だのに関してはこちらが必要と判断したもののみにしてもらいます」

とりあえず、こんなものかな、とシンジ。

まとめると「エヴァには乗るがNERVには所属しない。乗るかどうか、指示に従うかどうかはこちらで判断する」ということである。

「しかし……」

「あと、給料は要りません」

何か言おうとした冬月の言葉を遮るようにそういうシンジ。

「む……」

冬月は唸った。

基本給+発進ごとの危険手当その他諸々で結構な額になるとは言え、たかだかパイロット一人の給与だ。国連からかなりの金をふんだくっている割に常に財政に悩む(エヴァの維持費が膨大ということもあるが、司令と副司令の懐に消えたり幹部職員の不正をもみ消すために使われたりしている)NERVだが、その程度の金が惜しいわけではない。

しかし、シンジを手駒にするため“金で釣る”という手段も考えていたのだ。

冬月は黙ったまま内心で考えをめぐらせる。

(むぅ……金では動かないか。しかし、何とかNERVに囲い込まなければ……)

最もシンジは、

(給料なんてもらったら、NERVに対して責任ができるからね……)

などと言うことを考えていたのだが。

「……良いだろう」

「碇、良いのか?」

悩む冬月をよそにゲンドウの決断は早かった。

「そ。じゃあ、あと一個条件があるんだけど」

「…………」

「ここにいるユウトさんとほかにあと二人、NERVのIDを作ってもらいたい。で、僕がNERVにいる間はその三人もそこにいられるようにしといて欲しい。戦闘中は発令所にもいられるように」

「それは……」

「問題無い」

口ごもる冬月だが、ゲンドウはお決まりのセリフを吐く。

「碇」

「大丈夫さ、少なくともシンジの邪魔をするようなことはしない」

冬月が非難するようにゲンドウの名を呼ぶが、それに答えたのはユウトだ。

「じゃ、あとの二人のデータは赤木さんに渡しておくよ。あと僕の連絡先も」

そうシンジが言うと、冬月は観念したようにため息をつく。

「解った。赤木君にIDを用意させておこう」

「ありがとうございます。それじゃ僕らはこれで」

そう言ってシンジとユウトは踵を返す。

「そうそう、副司令。その男は碇じゃない。六分儀ですんで、お忘れなく。貴方もね、六分儀司令?」

去り際、シンジはそう言い残すと、ユウトともに部屋から出て行った。




「……赤木博士。奴が本当にシンジかどうか確認をとれ」

「はい。このあと検査を受けてもらうことになっていますので」

ゲンドウの声にそう答えるとリツコも部屋を出て行く。

司令室に残されたのは髭と電柱の二人。

「良かったのか? 碇……いや、六分儀。彼の言い分をほとんど飲んで」

「かまわん。奴が初号機に乗ることが最優先だ」

六分儀と呼ばれたことに、ピクリと目元を引きつらせながらそう言うゲンドウ。

「しかし、彼は本当にシンジ君なのか? だいぶシナリオとは違うようだが」

「それに関しては赤木博士に言ったとおりだ。こちらでも諜報部にもう一度調査させる」

「委員会にはどう報告する?」

「シナリオ通りだと言えばいい。老人たちには何もできんよ」

「……だといいがな」

二人が黙り込むと、そこには薄暗い闇だけが残っていた。