第四話


シンジは朝の光を顔に受けて目を覚ました。

目の前には見慣れた、しかし、この時間でははじめて見るはずの白い天井。

「知らない天井だ……とか言うべきかな?」

つぶやきながら身を起こす。

周りを見回せば、白い床に白い壁、広い部屋にベッドが一つ。そしてかすかな消毒液の匂い。

前回の世界ではやたらと縁のあったNERVが運営する病院である。

「起きるか……」

つぶやきながら、ふと床を見ると昨日持っていた荷物と着ていた服がおいてあった。どうやらクリーニングはしてあるらしい

見ればなにやらメモがくっついている。


『荷物は回収しといた。俺は二人に会ってくるから、お前はあの綾波って娘の見舞いでもしてろ  ユウト』


「ま、感謝しますよ。ユウトさん」

くすり、と笑ってシンジは着替えだした。




○○○




暗い室内に浮かび上がる六つの人影。

人類補完委員会――SEELEのメンバーとNERV司令であるゲンドウだ。

『使徒再来か あまりに唐突だな』

影の一つが声を発する。微妙に混じるノイズがその姿が立体映像であり、その声がスピーカーからのものだと言うことを示す。

『15年前と同じだよ。災いは何の前触れも無く訪れる』

『幸いともいえる。我々の先行投資が無駄にならなかった点においてはね』

『そいつはわからんよ。役に立たなければ無駄と同じだ』

『左様。いまや周知の事実となってしまった使徒の処置、情報操作、NERVの運用は適切かつ迅速にしてもらわなければこまるよ』

「そのことについてはすでに対処済みです」

この場で映像ではない一つの影―ゲンドウがいつものポーズでいつものように答える。

『しかし、碇……いや六分儀君、NERVとエヴァ、もう少しうまく使えんのかね?』

『君らが初陣で壊した兵装ビル……かなりの損害だよ』

『初号機のおかげで被害は最小限に食い止められた、と言えるかもしれんがね』

『あの玩具は君の息子に与えたそうではないか。なかなか優秀な子じゃないか。もっとも君は息子からも碇家からも捨てられたようだが』

一人が発した声に便乗するようにゲンドウに対して嫌味を重ねる。その口元は相手を侮辱することで自身を優位に置き、それによって得た暗い喜びのためか、醜い笑みにゆがんでいる。

それを見ていた一人が少しだけ真剣な様子で発言した。

『だが、あの力は異常ではないか? 君に制御できるのかね?』

「問題ありません」

内心の怒りを抑えながら平坦な口調でそう答える。

もっとも嫌味よりも何よりも、「六分儀」と呼ばれたことに対し腹を立てているのだが。

『ふむ。君に制御できると言うのだな?』

「はい。所詮は子供、どうとでもなるでしょう」

『まあいいだろう。しかし、君の仕事は子供のお守りではない』

『左様』

一際重く響く声が暗闇に発せられた。

それを発した影はその部屋の一番上座に座っている。

力の無い白髪としわの刻まれた顔には盲目の目の代わりとなるバイザーがかけられている。

しかし、その老人――SEELEの長であるキール・ローレンツの雰囲気は年齢にそぐわぬ圧倒的な威圧感を秘めている。

『人類補完計画……それこそが我々にとって絶望的な状況下における、唯一の希望なのだ』

「計画については報告のとおりです。現状で2%の遅れもありません」

それぞれの影の手元にはそれぞれの国の言葉で「人類補完計画 第17次中間報告」と書かれたレポートがある。

『いずれにせよ、使徒再来における計画の遅延は認められない。予算については一考しよう』

再び声を発するバイザーの老人。

「そのことについてお願いが……」

『尚、碇財閥から返還命令のあった資金については君が何とかしたまえ』

「な……!」

『当然だろう。アレは君個人に対するものだ』

『君の財産ならば払えんことも無いだろう? ま、払ってしまった後は無一文ではない、程度の額しか残らんだろうが』

『兵装ビルの修理およびエヴァの武装強化に関する予算については一考するが、その件に関して我々は関与しない。これは決定事項だ』

「ま、待っていただきたい!」

『ご苦労だったな碇……六分儀君。後は委員会の仕事だ』

その宣言と同時に消える四つの影。

『いか……六分儀、後戻りはできんぞ』

最後に残った影――キールもそういい残すとこの場から姿を消した。

「く……解っている。我々には時間が無い……」

悔しげにつぶやきながら、ゲンドウはどうやって予算をちょろまかそうかと考えていた。





○○○




市街地からは離れた場所にあるエヴァと使徒の戦闘跡地。

そこに立てられたテントでミサトは防護服を脱ぎ、うちわで自分を扇ぎながらテレビを見ていた。

テレビから流れてくる情報は先の戦闘に関する政府の発表である。と言っても、現在調査中で結果が出てから正式な見解を発表すると言うことしか聞こえてこないが。

ミサトは気だるそうにチャンネルを回すが、どのチャンネルも同じ映像が流れている。

「シナリオはB-22か。真相はまたしても闇ん中ね」

「あら、広報部は喜んでたわよ? やっと仕事ができたって」

答えたのはミサトの後ろで端末のキーボードを叩いているリツコだ。

NERVうちもお気楽なもんね〜」

「……どうかしら。本当はみんな怖いんじゃなくて?」

と答えながらリツコは思う。

(一番お気楽なのはあなたじゃないの、ミサト?)

確かに現場に出て実際に戦いの跡を見ることも必要かもしれないが、被害報告のまとめや今回のデータからより効果的な使徒の迎撃プランの考案など作戦部がやるべき仕事は山ほどある。

特に先の戦闘では(ミサトがそれを認識しているかは別として)全く役に立っていないのだ。次回に同じ轍を踏まないよう、作戦案を練ることは急務のはずだ。

さらに、この女は現場に出てきていると言っても、テントの下から動こうとはせず、作業に当たるスタッフに野次を飛ばすことしかしてない。

まあ、言っても無駄ということはすでに解っているので言わないが。

「ところで、サードの検査はどうだったの?」

す、と声を低くしてミサトが問う。

その声には暗い憎悪が見え隠れしている。

「外傷は無し。精神的にも肉体的にも全く問題無いわ。一応検査と念のためってことで一晩病院にいてもらったけど、それも必要なかったみたいね」

「そうじゃなくて!」

「解ってるわよ。DNAも調べたけれど、99%彼は本物の碇シンジ君よ」

「残りの1%は?」

「クローンの可能性、検査のミスの可能性、実はシンジ君に双子の兄弟がいる可能性……限りなく低い確率でもいろいろあわせれば1%くらいにはなるわ」

「どっかの組織との関連は?」

「それに関しては現在調査中よ」

「ち……そう」

うなずくと立ち上がるミサト。

「ミサト」

リツコはそんなミサトを制するように声をかける。

「……わかってるわよ。病院に殴り込んだりしないわ」

「……そうは見えないわね」

「…………」

「まあいいわ。まだ提出しなきゃならない書類も残ってるんでしょう? 日向君たちだけに任せないで、あなたも仕事しなさい、葛城一尉」

それを聞いたミサトは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるが、やがてため息をつき、

「わかったわよ」

と言って去っていった。

「もう少し、自制心とか反省とかそういう言葉を覚えればいいのに……」

それを見ながらポツリとつぶやくが、

「無理か」

そう断じると、昨夜のことを思い返した。




○○○




時間を昨日まで遡る。

NERVが運営する病院の一室。検査が一通り終わったシンジはそこに通された。

そこにいたのはリツコだ。

「それじゃあ、いくつか質問させてもらうけど、いいかしら?」

「かまいませんよ」

椅子を勧めると、早速質問だ。

その様子に呆れながらもシンジは苦笑して返す。

「エヴァに乗ってみてどうだった?」

「どうだったとは?」

「そうね、実際にエヴァを動かしてみた感想とか、感覚とかね」

「そうですね……体が大きくなったような、自分の体の外側にもう一つ大きな体があるような感じですかね。でも鈍くて意識しないと動きづらいと言うか」

思い返しながらそう告げるシンジ。

「なるほど」

(シンクロの感覚としてはセカンド……アスカの証言と一致しているわね……でもあの動きはシンクロ率40%とは思えない……)

リツコはうなずきながらも思考をめぐらせ、シンジの様子を見つめる。

「でも、その割にはかなり鮮やかな動きに見えたわよ?」

「まあ、武道武芸もろもろ仕込まれましたからね。それに回し蹴りはともかく、あとはジャンプと手を突き出しただけでしょう?」

「……確かにそうね」

興味深そうにうなずくリツコ。

「仕込まれた……って誰に仕込まれたの?」

探るように聞く。

「ふふ……主に師匠はユウトさんです。どこで、とかは今調べてるんでしょ?」

対するシンジは面白そうに答える。

(見透かされてる……か)

「そうね……じゃあ、最後に言ってた『オーラフォトンブロウ』というのは何のこと?」

「必殺技の名前です。あったほうがかっこいいし、強くなった気になるでしょう?」

「要するに自己暗示ね? 理にはかなっているけど……実際あの時エヴァの腕が光っていたのよ?」

「そうなんですか?」

「ええ、アレはあなたがやったの?」

「そんなの僕にわかるわけないでしょう? それを調べるのがあなたの仕事なのでは?」

ねえ、赤木博士? とシンジは続ける。

「…… そうね。では最後の質問よ。初号機に乗る前、エヴァのケイジで照明が落ちてきたとき、あなたとユウト君は剣を持っていたわね? アレはどこから出したの? あなたはあのままプラグの中に持って行ったようだけど、出てきたときには持っていなかった。ユウト君のもいつの間にか消えていたわ」

リツコの言葉に一瞬驚いたように目を見張るが、次の瞬間には笑みを浮かべる。

「アレに気付いたのは貴女だけのようですね。貴女が優秀と言うべきなのか、まともなのが貴女だけと言うべきなのかは判断に迷いますけど」

「答えて頂戴」

「秘密です」

シンジの答えにあっけに取られるが、視線を強くし、睨むように見つめるが

「そんな目で見てもダメです。安易に答えを聞かずに、まず自分で考えるのが科学者でしょう?」

そう楽しげに言われて言葉に詰まる。

しばらくにらみ合い(シンジはニコニコとしていたが)が続いたが、やがてシンジの顔に毒気を抜かれてため息をつくと、

「解ったわ」

そう言ってリツコも笑みを浮かべる。

「一本とられたわね」

「いえいえ、僕なんかまだまだですよ」

そう言って笑いあう二人。

「今日はもういいわ。病院で申し訳ないけど、部屋を用意してあるから今日はそこで休んで頂戴」

受付かナースステーションで部屋を聞いてね、とリツコ。

「はい。それじゃ失礼します」

そう言ってシンジは部屋を出て行く。

それを見送ってから、リツコはポツリとつぶやいた。

「なんというか、食えない子ね」




一方廊下に出たシンジは、

(やっぱりリツコさんは頭がいい。ゲンドウから離れさえすれば自分のことを反省できると思う……それに、綾波を助けるにはリツコさんの協力も必要だし……)

などとリツコを自分たち側に引き入れるためにはどうしたらいいか、と言うことを考えていた。

ちなみに待合室にいたユウトは付き添いの家族用のベッドを借りてシンジに用意された部屋で一緒に夜を明かすことになった。




○○○




時間を元に戻す。

着替えを終えたシンジはレイの病室を探して院内を歩いていた。

「ええっと綾波の病室は……っと」

しばらくして、

「あった」

『綾波レイ』と書かれたプレートを発見したシンジは、早速ノックしようとする。

しかし、その手がドアに当たる直前にその動きを止める。

そしてその手を下ろすと、目を閉じ深く深呼吸をする。

(ここでの対応を間違えば、綾波の運命は大きく変わる……)

心の中でつぶやき、目を開けると、決意をこめて扉をノックした。

「……はい」

か細い声で返事が帰ってくる。

「お邪魔するよ」

そう言ってシンジはドアを開けた。

レイは半身を起こしてベッドに座っていた。

窓から差し込む光が、彼女の蒼銀の髪を透かして神秘的とも言える美しさを造っている。

しかし、顔の半分を覆った包帯がそれを台無しにしていた。

ケイジで見たときと同様に体のあちこちに未だ巻かれたままの包帯が彼女の怪我の酷さを示している。

「こんにちわ。また会ったね」

レイの様子に少しだけ眉をひそめたシンジだったが、直ぐに笑顔を作るとそう話しかけた。

「……あなた、誰?」

そんなシンジの様子を気にすることも無く、レイは疑問を発する。

シンジはその問いには答えず、ベッドサイドまで近づくと、面会者用の椅子を引っ張り出す。

「座っても?」

「……構わないわ」

ありがとう、と答えて微笑み、椅子に座るとシンジは口を開く。

「僕は碇シンジ。エヴァのケイジで会ったでしょ? 覚えてないかな?」

しばし黙考し、

「……初号機パイロット、サードチルドレン?」

ケイジで会ったことからそう推測する。

リツコからも三人目が見つかったという話は聞いていた。

「初号機には乗ることになったけど、サードチルドレンにはならないよ。外部協力者って奴さ」

そう言って微笑むシンジ。

そしてレイは彼の苗字に気付く。

(……碇? 司令と同じ苗字……家族、子供?)

「……貴方……碇司令の、子供?」

その問いには不快そうに顔をしかめる。

「違うよ、あの男は六分儀ゲンドウ。確かに血縁上は僕の父だけど、彼はもう僕の父親じゃない」

ふふ、と笑って、

「10年も前に僕を捨てたくせに、必要になったから呼ぶなんて自分勝手な態度が頭にきてね。こっちから絶縁してやったのさ」

僕はあの男の人形じゃないからね。

その最後の言葉にレイはピクリ、と体を反応させた。

「……人形じゃない……」

そうつぶやくレイを見て、シンジは厳しい表情を浮かべる。

「さて、綾波レイ。果たして君は六分儀ゲンドウの人形か?」

そして真剣な声音でそう問いかけた。

「……私は人形じゃないわ」

それに対してレイは少しだけ強い口調で答える。

「本当に? 自身の思考を放棄して、すべての判断を他人に任せる。それは持ち主の好きに扱われる人形とどこが違うんだろうね?」

「……貴方は司令を信じていないの?」

「信じていないよ」

「……私が信じているのは司令だけ」

「信じることと盲信することは違う」

レイは一瞬だけ迷い、

「……私を見てくれるのは司令だけだもの」

そう言った。

「本当にそうかい?」

「…………」

しかし、シンジの問いに答えることができない。

「あの男が見ているのは本当に君かい?」

気付いているんだろう? とシンジは続ける。

「あいつが見ているのは君じゃない。君を通して別のものを見ている」

「それは……」

レイもなんとなく気付いていた。

呼びかける声。頭をなでる手。優しい表情。

自分に向けられるそれらが、自分を素通りしていることに。

(あの人が見ているのは、私じゃない……碇、ユイ……)

黙ってしまったレイに、シンジはもう一度、真剣な声で告げる。

「よく考えるんだ。あの男が本当に信じるに足る存在なのかどうか」

少年の言葉の意味を少女はうつむいて考える。

やがて、ポツリとつぶやいた。

「……それでも、私には他に…何も無いもの」

感情のこもらないそのつぶやきは、しかしシンジにはさびしげに聞こえた。

(さて、前振りはここまでだ。ここからが本番!)

心の中で気合を入れると、シンジは厳しい表情を和らげ、微笑を見せる。

そして、

「ねぇ、綾波。僕と友達にならないかい?」

そう告げた。

「……友達?」

いきなり変わった話題に小首をかしげるレイに対し、

「そう友達。僕と友情という絆を結んでくれないかな?」

「……絆…………」

つぶやいてじっとシンジを見つめるレイ。

前回なら真っ赤になってただろうな、などと考えながら、シンジは目をそらさない。

「他に何も無いのなら、新しい何かを見つければいい」

「新しい何か……?」

無表情だが瞳に疑問を浮かべてシンジを見つめる。

「そう。だから、最初に僕と絆を結ばないか?」

再びそう告げる。

シンジはレイの目を見つめ、レイもシンジから目をそらさない。

「…………いいわ」

たっぷり数十秒は考えた後、レイはシンジに応えた。

「ありがとう。うれしいよ」

対するシンジは極上の笑みで謝意を示す。

その笑みにさすがのレイもわずかに頬を染める。

(何、この感じ……?)

もっともそれがどういう意味を持つのか、彼女にはまだわからなかったが。

「じゃあ、これからはレイって呼んでいいかな?」

「……どうして?」

「名前で呼んだほうが親しくなった気がするだろ?」

「……かまわないわ」

「僕もシンジでいいよ」

「……わかったわ」

たどたどしく応える少女の様子に、微笑みながら、

「今日はこれで失礼するよ。あんまり長居して傷に障っても良くないからね」

そう告げると、立ち上がった。

「また明日も来るよ。じゃあまたね、レイ」

「……ええ、また明日………シンジ…君……」

その声に微笑みで応えると、シンジは部屋を出て行った。

一人残されたレイは、自分の発した言葉に驚いていた。

(『また明日』 ……また会うことを約束する言葉……あの人にも言ったことの無い言葉……私は彼に会いたいの…?)

そして、たった今絆を結んだ少年のことを考える。

(碇シンジ君……友達……新しい絆…………)

胸が暖かくなるのを感じる。

それが何かはレイにはわからなかったが、不快では無いことは確かだった。



その日、レイは生まれて初めて、ゲンドウと「無に還る」こと以外のことを考えながら眠りにつくことになった。




○○○




シンジがレイと会っていたころ。

第三新東京市の市街地から少し離れた住宅地。

中でも、一般に高級住宅街と呼ばれる区画の端に、一際大きな家――屋敷と呼んだほうがいいかもしれないが――があった。

敷地は他の家の優に2,3倍はあるだろうか。四階建ての新築である。

その中の一室で三人の人物が向かい合って座っていた。

一人は学生服に風変わりな羽織をまとった17,8の少年。

一人は青い髪と瞳を持った少年と同じ年頃の少女。

一人は14,5才のこれまた青い髪と瞳の少女。

ユウトとアセリア、そして二人の娘であるユーフォリアである。

ここはシンジたちが第三に来るに当たって用意してもらった住居であり、三人がいるのはその居間だ。

「ユウト、やっと来た」

「ああ、遅くなって悪かったよ。本当は昨日のうちに来るつもりだったんだが、シンジの検査だの何だのがあったからな」

口火を切ったのはアセリア。それに対して苦笑しながら応えるユウト。

「そうじゃない」

「ん?」

そんなユウトの様子に若干不満げな様子を見せるアセリア。

「三週間も会えなかった」

「いや、でもそれは、もともとの予定だっただろ?」

「むぅ……」

無表情な中にも怒りを見せるアセリア。

アセリアとユーフォリアの二人は、シンジが呼び出されるよりも前に第三に入り、事前の情報収集や生活の準備をしていたのだった。

「お父さん、お母さんはさびしかったんだよ」

ふふ、と笑いながらアセリアを援護したのはユーフォリアだ。

「……解った! 悪かったよアセリア、ユーフィも。俺も会えなくてさびしかった」

ため息をついて両手を挙げ、降参、とばかりにそう告げる。

「……わかればいい」

「ふふふ」

怒りの視線を納めるアセリア。それを見て楽しげに笑うユーフォリア。

和やかな雰囲気。久しぶりの家族水入らずであったが、

「さて、話を戻すぞ。N2に関しては上手くやってくれたみたいだな」

ユウトがまじめな表情になり、話題を変える。

「……(こくり)」

「酷いよね! あそこの周りのシェルター、人が居たんだよ!?」

無言でうなずくアセリアと怒りをあらわにするユーフォリア。

サキエル襲来の際、国連軍が使おうとしたN2地雷を無効化したのはこの二人であった。

「……NERVは?」

「思った以上に酷いとこだな」

たずねるアセリアに応えるユウト。

ユウトは先の戦闘の際のNERVの対応や司令室でのやり取りを二人に聞かせる。

「……それってホント?」

ユウトの話に言葉も無い二人。

「ま、こっちの言い分は通ったんだ。俺たちでできる限りシンジのサポートをしてやろう」

「ん」

「解ってる」

言外に自分たちエターナルが表立って戦うことはできない、と伝える。

彼ら三人が参戦すれば、確かに彼らの目的――リリスと契約し、サードインパクトを防ぐ――はおろか、リリスやアダム上位神剣を砕くことさえ可能だろう。

しかし、それではその戦いの余波でさえこの世界を滅ぼしかねないし、何より、この世界の行く末を決めるのはこの世界の人間であるべきだ、と三人は考えていた。

その後しばらく、どのようなサポートをしていくか、と言うことを話し合う。

基本的に、戦闘時は発令所に一人、残り二人が地上でサポートに回ることが決められた。誰がどういう役割をするかについては、前回の使徒の情報をもとにそのつど考えていくことになった。



話が一息つくと同時、ドアが開いて一人の女性が姿を現した。

「お茶を淹れました〜」

のんびりとした口調でそう告げたのは20代前半ほどの女性だった。

やや茶色がかった髪をアップにまとめ、身に着けているのは何とメイド服である。

手には言葉のとおりティーポットとカップが三人分乗ったトレイがあった。

「ありがとう、カオリさん」

ユーフォリアが礼を言う。

彼女の名は白石カオリ。碇本家からシンジと高嶺一家の四人の世話をするために派遣されたメイドであった。

カオリは手早くテーブルの上にカップを並べ、香り立つ紅茶を注いでいく。

「お話は終わったんですか?」

紅茶を注ぎ終え、テーブルの脇に立ったカオリは三人に尋ねる。

「まあ、大体のところはね」

紅茶を一口飲んでから答えるユウト。

「そういえば、学校のほうはどうなんだ?」

「私は上手く第壱中学校の2年A組に入れたよ」

思いついたように尋ねたユウトにユーフォリアは答えた。

第壱中学校2年A組。そこはエヴァのパイロット候補生、すなわち親のいない14歳の子供たちを集めておく場所だった。同時にシンジが通うことになる場所でもある。

本来、NERVの管理下であり、そう簡単に入り込むことはできないが、アセリアとユーフォリアはセカンドインパクト孤児の姉妹として戸籍を偽造していたこともあり、碇財閥の協力によって2-Aに入ることができたのである。

「ユウトさまの転入の手続きもできていますよ」

ちなみにアセリアさまも同じ学校の同じクラスです、と続けるカオリ。

「そうか」

シンジの関係者であるユウトやアセリアにも監視がつくことは想像に難くない。必要があるかは微妙であったが、「高校生」という肩書きを用意しておいたほうが、何かと都合がいいと考えたのだ。

まあ、ユウトがアセリアと学園生活をしてみたいという気持ちがあったこともうそではなかったが。



「もうこんな時間か」

そうつぶやいたユウト。時計を見ればもう夕方にさしかかろうかという時間である。

「あらあら、夕餉の用意をいたしませんと」

若干あわててパタパタと駆け出すカオリに、

「そろそろシンジもこっちに着くだろ。初勝利の祝いに美味いもんを作ってやってくれ」

ユウトがそう声をかける。

カオリは部屋を出て行く前に振り返ると、

「任せてください!」

と微笑んでキッチンへと向かった。

と同時にピンポーンとチャイムのなる音と、「ユウトさ〜ん、つきましたよ!」というシンジの声が聞こえた。