第七話


第334シェルター。

『小中学生は各クラス、住民の方は各ブロックごとに……』

指示を告げるアナウンスが鳴り響くそこには避難し終えた第壱中学校2年A組の姿があった。

「皆集まって! ここでじっとしてるのよ! 周りの人の迷惑にならないように!」

そう声を上げるヒカリに生徒たちも頷きで返す。

その様子に満足したのかヒカリも腰を下ろすと、隣にいたジャージの少年――鈴原トウジに話しかける。

「碇君にレイさん……大丈夫かしら?」

「心配やな……」

話題に上がるのは先ほど別れた二人のこと。

他のクラスメートたちも、誰もが心配そうに話をしていた。

そんな中に一人、携帯用の小型テレビを覗き込む生徒がいた。

「まただ!」

画面には『詳しい情報は入り次第お伝えいたします』の文字。

「僕ら一般人には何も教えてくれないってのかよ! こんなビックイベントだってのに……」

幸い彼――相田ケンスケのその言葉は誰にも聞きとがめられることは無かった。

もし、トウジがその言葉を聞いたら、彼は間違いなく殴られていただろう。

『戦っとるモンがおるのに、イベントやと!?』と。

しかし、その様子を静かに見ている者がいた。

(さっきシン君に言われたこと、何にも分かってないみたいだね……やっぱり抜け出すのかな?)

ユーフォリアである。

彼女は冷ややかな視線でケンスケを見つめていた。




○○○




『聞いてるわね、サードチルドレン! 射出と同時にA.T.フィールドを中和しつつ、パレットガンの一斉射! いいわね?』

プラグ内に響き渡るミサトの大声に顔をしかめながら、シンジはため息をつく。

(前回の反省は全くなし。今回の国連軍の攻撃も無駄にするつもりなのか……? そして何より、僕はサードチルドレンじゃない!)

色々と言いたい事はあったが、今は非常時と割り切って必要なことだけを言うことにする。

「それ、効果あるんですか?」

『なーに生言ってんのよ、素人が! あんたは私の指示に従ってればいいの!』

前回の言動からまるで進歩が無い。

シンジは冷ややかな声で応じる。

「パレットガンによる攻撃で敵にダメージを与えることはできません。その攻撃をする意味を教えてください」

『は? 何であんたにそんなことがわかんのよ!』

「さっきの国連軍の攻撃を見てたでしょ? 相手はA.T.フィールドもなしにまともに攻撃を食らってもビクともしてない! パレットガンが銃としては破格の大きさでも、戦車砲やミサイルとではどっちが強いかなんて少し考えれば分かるでしょう?」

『く……し、指揮官の考えてることが全部分かったら命令なんていらないわ! 作戦行動の意味なんてあんたは考える必要ないのよ!!』

反論できないからか、無茶苦茶な理論展開を始める。

「それは戦略的なことに関しては知る必要は無いと思いますけど、戦術的なことに関してはきっちり説明してください!」

こっちは命懸けてるんです! と、いい加減頭に来たシンジは怒鳴る。

『黙んなさい! あんたの言い分なんて聞いてないのよ!!』

この女、シンジが民間協力者という立場だということをまるっきり理解していないらしい。

戦闘時に指示に従うとは言ったものの、自身の裁量で動いて良いという言質もとっている。

つまり、NERVは作戦を提案、要請することはできても命令することはできないのである。

ミサトの言葉を聴いた時点で、シンジの顔から表情すら消える。

その眼にあるのは自身の欲望で他者の命を弄ぶ者に対する怒りだ。

「……副司令」

静かな声で冬月に声をかける。

『な、何かね?』

その声に宿る気迫に冬月も気圧されている。

まだミサトがわめいている声が聞こえるが、リツコが気を利かせてくれたのか、ミサトの声にだけフィルターがかけられている。

「今回は僕のほうで対処させてもらいます」

かまいませんね、と問いかけるシンジ。

しかし、それに疑問符はついておらず、確定事項として話をしていた。

『わ、わかった』

頷くことしかできない冬月を一瞥だけすると、

「ユウトさん、黙らせといてもらえます?」

とユウトに話しかける。

『任せろ』

とだけユウトは答えると、未だにわめいているミサトの背後に近寄り、無言で首元に手刀を叩き込む。

『ぎゃう!』

と、フィルター越しににごった悲鳴が聞こえ、それ以降は雑音は無くなった。

「一応聞きますけど、パレットガン以外の武器はまだ完成していないんですよね?」

『ええ。格闘戦用の武器も造ろうと思ってはいるのだけど……作戦部ミサトがまず銃器を作れってねじ込んできたから……』

シンジの問いに答えるのはリツコだ。

「わかりました。では、敵が街に入る前に迎え撃ちます。街の一番外側に出してください」

『り、了解』

呆気にとられていたのか少々の間をおいて日向がそう答える。

『都市部の南東外縁、使徒の正面に出すよ』

「それでかまいません」

『それじゃあ、エヴァンゲリオン初号機、発進!』

号令をかけながら、

(やっぱり、葛城さんって実は馬鹿なんだろうか……?)

などと考えていたのは日向だけではなく、発令所のメンバー全員だったりした。

元々仕事をしないし、遅刻や無断欠勤の連続で信用の無いミサトだったが、肝心要の作戦指揮でもこの有様であり、信用とか人気(元から無かったが)とかがガタ落ちしていた。

気付いてないのは本人だけであった。




○○○




再び、第334シェルター。

そこではシンジたちを心配するクラスメイトたちに混じって、馬鹿なことを実行しようか真剣に悩んでいる一人の馬鹿がいた。

言うまでもないが相田ケンスケである。

(どうするか……こんなチャンスめったに無い。ここを逃せば一生見られるかわからないぞ)

真剣にシェルターを抜け出すか否かを考える。

(トウジも碇のおかげでついて来てくれそうにないし……一人で行くしかないか?)

しばしの逡巡。

(ま、すぐに戻ってくれば大丈夫だよな……碇のヤツはなかなか強いみたいだし……でもエヴァさえあればオレにだって……)

少しだけ思考がずれ、教室で見たパイロットの姿が思い浮かぶ。そして感じる嫉妬。

『世界を護っている英雄が自分でない』という子供じみた嫉妬と自己顕示欲。そしてそれはケンスケに馬鹿な閃きを与える。

(そうだ! もしかしたら碇と仲良くしてればオレもパイロットになれるかもしれない! オレみたいに意欲のあるヤツをほっとくわけ無い! 今回外に出るのはオレが今後戦う相手を偵察に行くんだ! これもパイロットになりたいオレの意欲のあらわれだ!)

その閃きは徐々に身勝手な思考へとつながっていく。

ここまで行くと、もはや先ほどまでの悩みなどさっぱり忘れ、ケンスケはどうやって抜け出すか、という思考に移っていく。

ぐふふ、と不気味に笑うケンスケの様子を不快げな様子で部屋の隅から眺めているのはユーフォリアだ。

(やっぱり出てくつもりみたいだね……)

彼女も、見た目は14才の少女でも、永の年月を戦いの中で過ごして来た歴戦の戦士である。

彼女に戦場を神聖視するような神経は無い。しかし、前回の歴史でケンスケがとった行動――己の欲望のために覚悟もなく戦場に出る行為には憤慨している。

それで死んでも自業自得だが、覚悟を持って戦いに臨む者の邪魔をすることだけは許せなかった。

だから、彼女は警戒していた。ケンスケがシンジの言葉に耳を向けず、再び――今回の歴史では初めてだが――戦場に出ようとするのではないか、と。

やがて、ユーフォリアの視線の先でケンスケがふらりと立ち上がり、

「委員長、オレちょっとトイレ」

とヒカリに声をかける。

「もう、先に済ましときなさいよね!」

少々憤慨しながらも了解の意を伝えると、ケンスケはへらへらと愛想笑いを浮かべながら通路に消えていく。

それを少しだけ険しい眼で見ていたユーフォリアは誰にも気付かれないように立ち上がると、ケンスケを追って通路へと向かう。

そして、しばらく進んで人の目がなくなったところで、自らの相棒――第三位永遠神剣『悠久』をその手に顕現させる。

(ゆーくん、お父さんに伝えられる? 馬鹿が馬鹿やってるって)

『悠久』はかすかに震えて肯定の意思を伝えてくる。

「ん」と、それに頷くと、ユーフォリアはケンスケを追って通路を走り出した。




○○○




第三新東京市外縁。

ゆっくりとそこに近付きつつあったシャムシエルは何かに気付いたようにその動きを止めると、その体を起こす。

と同時に轟音と共にリフトがせり上がり、エヴァンゲリオン初号機がその姿を現した。

『エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!』

日向の声と同時にバチン、という音を立てて初号機の両肩の拘束具が外れる。

その瞬間、シンジは一直線にシャムシエルへと突進し、肩から体当たりをする。

空中に浮いて踏ん張ることのできないシャムシエルは初号機の勢いそのままに轟音を引き連れて大きく後方へと吹っ飛んだ。

『――!!』

いきなりの行動に息を呑む発令所の様子がプラグ内のスピーカーから伝わってくる。

初号機は体当たりした反動を利用して軽く後方にステップして距離をとる。

(『福音』 一気に決めるよ!)

(はい!)

初号機自身でもある己の神剣と心を合わせ、再び弾丸のような勢いで走り出す。

対するシャムシエルも体勢を立て直すと、三角形の頭部の左右から光の触手を出すと、それをしならせながら初号機へと振るう。

狙いは足だ。

だが、シンジとて前回と同じ轍はふまない。

(それは予想済みだ!)

「オーラフォトンよ!」

叫びと同時、足元でオーラフォトンを弾けさせ、その反動を利用すると大きく跳躍し、光の鞭を振るうシャムシエルの頭上を反転しながら越えていく。

空を切った触手は、しかし、初号機のアンビリカルケーブルを切断する。


『アンビリカルケーブル断線! エヴァ初号機内蔵電源に切り替わりました!』

『活動限界まで、後4分52秒!』

『なんてこと!』


オペレーターの叫びやリツコの悲鳴がスピーカーから聞こえてくるが、当のシンジはいたって冷静である。

(こいつの胴体の動きは遅い! 振り向く前に接近できれば……少し跳び過ぎたか)

思いのほか、敵との距離が開いてしまったが、シンジは着地と同時に走り出す。

(間に合え!)

が、初号機の目の前に光の触手が現れ、唸りを上げながら近付いてくる。

方向を変えるまでもなく、シャムシエルが後方にその鞭を振るったのだ。

「くぅ!」

とっさに足を止め、

「リジェクション!」

前方に『拒絶』のオーラによる防御障壁――A.T.フィールドを瞬間的に展開。その攻撃を受け止める。

そして再び跳躍すると距離をとった。

シンジの視界の中、シャムシェルがゆっくりとその体をこちらへと向けようとしていた。




○○○




発令所は再び喧騒に満ちていた。

始めはシンジのいきなりの行動と、その戦いぶりに度肝を抜かれてそのまま映像に見入っていたのだが、第四使徒がその主武装である光の鞭を振るい、アンビリカルケーブルを切断してからは、己の職分を思い出したようである。

様々な報告が飛び交い、データが収集され、MAGIによって瞬時に分析・検証されると、スクリーンに表示される。

しかしながら、そのデータを元に作戦を構築・修正し、作戦行動を指揮するはずの人物――葛城ミサトは現在床にのびている。

そのため、情報が出口の無いまま発令所には溢れていた。

「あれもA.T.フィールドなのかしら?」

リツコが科学者らしい疑問を漏らすが、

「先端部分の速度は音速を超えています! 事実上回避は不可能です」

日向の言葉にその疑問は一時置いておくことにする。

「距離をとって戦うしかないというの? でも、パレットライフルは効かないのよ!?」

「初号機の活動時間、4分を切ります! 残り3分55秒!」

マヤの報告に発令所に焦燥した雰囲気が満ちる。

画面の中の初号機も攻め倦む様子で、鞭の射程に入らないよう、ジリジリと近付く使徒にあわせて後退している。


(むぅ……遠距離からの攻撃となると、神剣魔法か? でもまだ見せるには早いと思うが……)


などと発令所の喧騒を他所に、のんびりと思案しているのはアセリアとならんでスクリーンを眺めるユウトである。

その表情は全く冷静であり、NERVの面々が見せる焦燥とは無縁であった。

彼らは魔法など、NERVの技術でも解析できないものはできる限り使うべきではないと考えていた。

ゲンドウやミサトに余計な情報を与えることになるし、他の組織やSEELEからも不審がられるのを嫌ったからだ。

しかし、彼らはもしシンジがそれを使って勝ったとしても、特に何を言うつもりも無かった。

何よりもまず勝つことが最優先だからだ。

最終的な目的はサードインパクトの阻止。そのために手段は選ばない。

どこかの馬鹿女のように「私の指揮で」などと言って、面子ややり方にこだわって負けるなどの愚の骨頂。

彼ら――エターナルたちは、歴戦の戦士としてそう考えていた。

また、ユーフォリアからケンスケのことに関する連絡も受けているのだが、シンジがまず使徒を街から離したことで、とりあえずの危険は無いと判断していた。

もちろん、馬鹿にはそれなりの対処をするつもりではいるが、それは戦闘が終わってからの話だ。


(ふむ、しかしシンジ……どうする? ……ん?)


とユウトの眼にスクリーンの中後退する初号機の背に在るモノに気付いた。

それを見た瞬間、ユウトの中に一つの案が浮かぶ。

すぐさま頭の中で分析し、実用に耐える案かを考える。


(ユーフィの言ってた馬鹿からも大分離れてるし……やってやれないことは無いか)


「初号機の活動時間、残り3分15秒!」

「いったいどうしたら……」

騒然とする発令所。

ユウトはスタスタとオペレーターの背後に近付き、

「シンジ」

と声をかけた。

『ユウトさん?』

二人の会話に注目するように喧騒がわずかに治まる。

「鞭には鞭だ」

『は?』

「背中」

「? アンビリカルケーブル?」

疑問符つきで言葉を発したのはリツコだ。

『! そうか!』

「オーラフォトンを使えば多少はもつだろ?」

『やってみます!』

元気良く返事をするシンジ。

(オーラフォトン? さっきシンジ君も叫んでたし、第三使徒を倒した時もたしか『オーラフォトンブロウ』……何かの隠語かしら?)

リツコは改めてシンジたちの謎な部分に興味を持つ。

発令所のメンバーも

((((オーラフォトン?))))

と頭の上に疑問符が浮いていた。




○○○




「やってみます!」

そう返事をしたシンジは、プラグ内からの操作で背中のケーブルをはずす。

バチン、と音を立てたそれを背中に回した右手で受けると、コンセントの部分を握り、二三度振るって感覚を確かめる。

(よし! 行くよ『福音』!)

(はい!)

「マナよ、オーラフォトンへと変われ!」

シンジが言霊を発すると同時、周囲のマナが収束する。

そしてオーラフォトン――物理的なエネルギーとなったそれは初号機の手から握られたケーブルへと流れていく。

それは、外界からは初号機の持ったケーブルが光に包まれていく光景として映った。


『また発光現象!? マヤ!』

『ダメです! 計器は何の反応も示しません!』


技術部コンビの悲鳴が聞こえるが、とりあえずシンジは意識からシャットアウトする。

そして、

「ふっ!」

鋭い呼気と共に、シャムシエルへと迫る初号機。

もちろん、シャムシエルも黙って見ているわけではない。

左右にたらして戦慄かせていた光の触手を持ち上げ、縦横無尽の軌道を描かせながら初号機へと向ける。

が、

「せい!」

下から掬い上げるように初号機が振るったケーブルが、円を描きながらシャムシエルの触手を絡めとる。


 ――!?


シャムシエルが、動揺したような震えを見せる。

先ほどあっさりとケーブルを切り裂いたはずの光の鞭は、しかし、今はオーラフォトンを纏ったケーブルを切り裂くことができず、絡めとられ、自由に振るうことはかなわなくなっていた。

すぐさま初号機はケーブルから手を離し、それを足で踏みつける。

それが錨の役目を果たし、シャムシエルは初号機の眼前に縫いとめられてしまっていた。

「はあぁぁぁ!」

初号機は右手を腰だめに構える。

同時に、先ほどケーブルが纏ったのと同じ光が初号機の右手にも宿る。

「オーラフォトンブロウ!」

初号機から見てやや上方にあるシャムシエルのコアに向かって、光を纏った紫の拳が叩き込まれる。

それは狙い違わず紅玉へと達する。

そして、紅玉はわずかな抵抗だけを残して砕け散った。

(『福音』 頼んだよ)

(はい。シャムシエルのコアに干渉……神剣アダムの欠片を回収)

『福音』の意識がそう告げると同時、砕けたコアが金色の粒子へと変わり、その中の一筋が初号機へと消えた。

そして、シャムシエルの体もまた金色の光に包まれると蛍が一斉に飛び立つように虚空へと散った。

「ふぅ」

シンジはため息をつき、


『パターン青、消滅しました』


シンジは発令所の声を聞きながら、

(ありがとう『福音』)

(いえ、貴方と共に戦うことは、私の喜びでもあります)

自分の相棒と心で会話を交わすと、

「終わりました。回収を。そろそろ電源切れますから」

と発令所へと告げた。




○○○




シンジの言葉が発令所に響く。

「初号機の活動時間、残り1分切ります」

「こりゃ、回収班出したほうがいいですね」

「そうね、シンジ君、そのまま待機してくれるかい? こっちから回収班を出すから」

マヤが報告し、日向が意見を述べてリツコが指示を出す。

『了解です』

「何はともあれ、ご苦労様」

シンジの返事に、リツコは笑顔でそう告げた。

と、

PRRRRRRRRRRRRR!

発信音がし、ユウトが懐から携帯電話を取り出して話を始める。

一言二言言葉を交わすと、電話を切り、

「どっかのシェルターから抜け出したやつがいるらしいぞ? こっちで確保してるから後で引き取りに来な」

と告げた。

その言葉に反応したのは日向だ。

「な、何だって!?」

有事の際のシェルターの管理は作戦部の管轄である。

しかし、直接的な人員を配置するには人手不足なので、MAGIによる管理が行われている、と日向は思っていた。

何故なら、

「葛城さんが技術部に話を通しておく、と言ってましたよ!?」

これを聞いたリツコが盛大にため息をつく。

「こちらは聞いてないわ。そんな話」

まだ床に伸びているミサトを冷たい眼で見下ろしながらそう言う。

「そ、そんな!!」

「どうせ安請合いして忘れてたんでしょう」

何かをあきらめたようなリツコの声に日向も沈黙する。



『シェルターの管理、と言っても作戦時には人員が足りませんね』

『そうね、どうしようかしら?』

『MAGIによる集中管理が一番現実的ですかね?』

『そうね、わかったわん♪ リツコには私から話を通しておくわ』



シェルターに関する話をした時のミサトの軽い様子を思い出し、『そうかもしれない、いや、そうだ、でも……』と若干混乱している日向。

いくらなんでも人の命、しかも自分たちが護るべき市民の命に直接的にかかわる問題である。

あまりのミサトの無責任さに発令所の誰もがあきれ返っていた。

「……今後、ミサトの口約束は一切信用しないことね。今回は被害が出なかったからよかったものの、下手したら100人や1000人の単位で被害者が出てたわよ」

「……はい」

リツコの言葉に力なく頷く日向。

(葛城さんって……やっぱりダメな人なのか!?)

日向のミサトへの評価がさらに一段階落ちた瞬間だった。




○○○




時は少し遡って、戦闘時。

第三新東京市の外縁にある丘で、一人の馬鹿が小躍りしながらビデオカメラを回していた。

「すごいすごいすごすぎるぅううううぅぅ〜〜〜!」

カメラに映っているのは異形の怪物へと体当たりをする鬼面の巨人の姿。

遠ざかっていくそれをカメラの望遠レンズで追いながら相田ケンスケは一人ではしゃいでいた。

「すごい! 人間と同じ……いや、それ以上の滑らかな動き! さすがはNERVの秘密兵器!!」

言うまでもなく、ケンスケは父親のIDとパソコンを使い、MAGIに侵入しては機密データを閲覧していた。

父親の権限で見られるところまでしか見ていなかったので、MAGI、ひいてはリツコに気づかれることもなかったのだ。

ハッキングなどをしたわけではないので、ケンスケは自分がやっていることは犯罪などとは思ってもいなかった。

「すごいすごい! ……って、え?」

はしゃぐケンスケの視界が黒く染まる。

あわてて覗き込んでいたカメラから眼を離すと、レンズを抑える黒服の男がいた。

大柄、と言うほどではないが引き締まった体躯がスーツの上からもうかがえる。オールバックにサングラス。その雰囲気は十分に威圧感を与えるものである。

「な、ナンだよお前は!? レンズに素手で触るなよな!」

いきなり現れた男とその雰囲気に怯えながらもケンスケは叫ぶ。

「今は非常時で、ここは危険です。避難を」

対する男は静かな声でそう告げる。

「う、うるさい! オレのパパはNERVの幹部だぞ! それに、オレはそのうちエヴァンゲリオンのパイロットになるんだ! だから敵のことやエヴァのことをもっと知っておかないといけないんだ!」

ちなみに、ケンスケの父は幹部ではない。

「……避難を」

ヒステリックに叫ぶケンスケを他所に男はペースを崩さず、静かに続ける。

「うるさい! いいからそこどけよ! 撮れないじゃないか!!」

と、黒服を押しのけて再び撮影を開始しようとする。

そんなケンスケに男はため息をつくと、


バキ!


ケンスケの顔に拳を叩き込んだ。

「――――!!」

そのまま悲鳴も上げられずに吹っ飛ぶ。

男はケンスケの手から零れ落ちたビデオカメラを一瞥し、

「! や、やめろ!」

ケンスケの言葉を無視して踏み潰した。

「あ、あ〜〜! な、ナンなんだよ! 何てことするんだよ!」

地面の上でわめくケンスケに男は無言で近寄り、その襟首を掴むとぐい、と顔を寄せる。

「黙れよ、ガキが。お前の手前勝手な妄想でどれだけの人間を危険にさらしたと思ってるんだ」

静かに、しかし侮蔑し、見下した声でそう告げる。

「な、何のことだよ!?」

未だにわめくケンスケに大きくため息をつくと、

「もういい、連れてけ」

と言う。

すると、同じような格好の男が二人あらわれ、ケンスケに目隠しと猿轡をかませ、手足を拘束するとそのまま担いでいった。

「やれやれ」

「終わった?」

後ろからの声に振り返る。

「ユーフォリア様」

そこにいたユーフォリアに対し、男は頭を下げると、

「この場は私たちにお任せいただいてもよかったんですが」

と苦笑交じりに告げる。

「シェルターのほうは大丈夫かな?」

男の言葉に笑顔を返してそう質問する。

「はい。きちんとロックしなおすよう指示はしておきました」

この男の名は白石アキラ。シンジやユウトたちのサポートのために派遣された碇財閥のシークレットサービス、通称黒服隊のリーダーである。

黒服隊は人手が必要な時のために20人ほどのメンバーが第三に常駐していた。

高峰邸の近くにセイフハウスを構え、シンジやユウト、リツコやレイの護衛なども行っていた。

もちろん、彼らの腕は二流三流のNERVの保安部や諜報部のメンバーと違って一流ぞろいである。NERVに気付かれることもなく彼らは任務を遂行していた。

「カオリさんが心配してたから、後で顔見せてあげてね」

ユーフォリアの言葉にアキラは苦笑しながら頷く。

ちなみに、彼は高峰邸のメイド、白石カオリの実兄でもあった。

と、轟音が聞こえる。

二人が見上げると、シャムシエルが金色のマナの粒子となっていくところだった。

その様子を見届けると、携帯電話を取り出して、掛け始める。

「もしもし、ユウト様ですか……はい、馬鹿はこちらで確保しました……はい、カメラは処分しました……わかりました、そちらに向かわせます」

通話を終え、携帯電話を懐にしまうと、

「さて、帰りましょうか」

「うん!」

ユーフォリアは笑顔で頷いた。