第八話


シャムシェル戦から数時間後。

NERV本部最上階にある薄暗い司令室では、帰って来たゲンドウと冬月が密談を交わしていた。

「……第四使徒も殲滅できたようだな」

「ああ。だが、シンジ君の戦闘能力はやはり異常だぞ」

ゲンドウの言葉に冬月が返す。

「彼は実験も拒否している。あの戦闘がエヴァに乗った二回目だ。にもかかわらず自分の手足のようにエヴァを操っている」

今回はA.T.フィールドすら操って見せた、と老人は続けた。

「使徒殲滅のためにはある程度の力は必要だ」

「とは言え、彼はこちらに恭順しているわけではない。もし我々に牙をむかれたら……事だぞ」

「ふん。所詮は子供だ。いざとなればあの高嶺とかいうガキや奴の周りの人間を拉致して人質にする」

「まあ、上手くいけば良いがな」

視線を交わらせる事無く会話を続ける二人。

ゲンドウの発言にも動じた様子も無く返事をする冬月。彼もまた外道である。

「それに葛城君のこともある。率直に言って彼女は無能だ。かばうにも限度があるぞ?」

作戦指揮はもちろん、シェルターの件にも言及する冬月。

「しかし、彼女を切ることはSEELEが許さん。あくまで彼女の指揮で戦うことに老人たちはこだわっている」

「免職はできないし、お飾りの作戦部長にしてしまうことも老人たちは許さないか」

ため息をついて、今回の件はどうする、とゲンドウに尋ねる。

「……訓告と減俸10%3ヶ月だ」

「まあ、その程度にするしかないか」

再びため息をつく冬月。

そして思い出したようにゲンドウに尋ねる。

「そういえば、お前、そろそろ碇財閥への財産返却の期限なんじゃないか?」

冬月の言葉にピクリ、と反応するゲンドウ。

「も、問題ない」

「……本当だな」

「俺を信用しないのか、冬月」

「NERVの金は使えんからな。わかっているんだろうな?」

「も、問題ない」

「お前のそれは当にならん」

「…………」

「……使徒殲滅には成功しても問題は山積みだな」

薄暗い空間に冬月のため息だけがこだました。




○○○




一方そのころ、高嶺邸ではリツコによる普通に言えば詰問、よく言えば質問、悪く言えば尋問が行われようとしていた。

「そういえば、すっかり忘れていたけど、あの剣については説明を受けていないわ! 『オーラフォトン』という単語も気になるし、レイの怪我を治したのも貴方たちなんでしょう?」

リビングに置かれたテーブルにバンと掌を叩きつけて迫る。

リツコの反対側にはユウトをはさんで右にアセリアと左にユーフォリア、ユーフォリアの左にシンジが座っている。

リツコの隣にも「私も聞いてない……」と不満げな表情のレイが座り、シンジとユーフォリアをじっと見つめている。

ちなみにカオリもユウトたちの後ろに控えている。

「ああ、そういえばそうだったな」

と、悪びれた様子も無くあっけらかんと言い放つのはユウト。

「すっかり忘れてましたね」

相槌を打つシンジものほほんとした様子。

そんな二人にリツコは眉毛をぴくぴくとさせる。

「ま、まあまあ、リツコさん。少し落ち着こうよ」

そんなリツコをなだめるユーフォリアだったが、

「ま、リツコさんはレイの面倒を見るのが楽しくてしょうがないみたいだったしな」

「そうですね、ほとんど姉バカでしたし」

続くユウトとシンジの言葉には言葉をなくして赤面する。

「……で、教えてくれるのかしら?」

それをごまかすように体を起こし、こほん、と一つ咳払いをしてからリツコは続けた。

「そうですね、リツコさんもレイも仲間になってもらったことだし」

「隠しておく理由も無いな」

「……ん」

「そうだね」

四人それぞれに返事をし、

「長い話になる。カオリさんにお茶でも淹れてもらおう」

「かしこまりました」

ユウトの声にこたえたカオリが人数分の紅茶を用意する。

それを一口飲んでから

「少し長い話になるが……」

ユウトが口火を切った。




そして三人のエターナルと一人の神剣使いは、二人に話を聞かせる。

自分たちがこの世界の人間ではないことを。そして、シンジが逆行者であることを。

『前回』の歴史と使徒との戦い、その結末として残った紅い世界。

絶望するシンジが出会った永遠を生きる戦士と、その相棒である意志を持った武器。

サードインパクトの真実。使徒が永遠神剣の欠片であること。

そしてシンジが得た新たなる力。




二人はまんじりともせずに聞き入った。

「で、現在に至る、と」

ユウトがそう締めくくる。

「……信じられないわ」

「まあ、そうでしょうね」

リツコの言葉にシンジは苦笑する。

そして、少しだけ思案すると、

「『福音』」

己の神剣を呼ぶ。

瞬時にシンジの手の中に美しい紫の直刀が現れる。

「! それが……?」

「はい。僕のパートナー。第五位永遠神剣『福音』です」

「ん、じゃあオレも……『聖賢』」

ユウトも己のパートナーである大剣を呼び出してみせる。

「……『永遠』よ」

「出ておいで『悠久』」

その様子を見て、アセリア、ユーフォリアも己の神剣を呼び出す。

「……確かに、手品ではないようね」

「質問はあるかい?」

ユウトの問いにリツコは頷く。

「何故、使徒を倒すと消えてしまうの? あの金色の光は何?」

「消えてしまうのは核たる神剣アダムの欠片を抜いてしまうからです」

リツコの言葉に答えるのはシンジ。

「あの金色の光はマナの光。使徒はエターナルや神剣使いと同じくエーテルで体を構成されていますから、核を失うと形を維持できずに、マナの塵になってしまうんです」

「抜かれた核はどうしているの?」

「正確には神剣を構成するエーテルを砕いてこっちのエネルギーとして吸収するわけです」

でも、と続けて、

「神剣自体の“魂”あるいは“意志”と言うようなものは砕いた瞬間抜け出ているような感じを受けます」

おそらく、次の使徒かあるいはアダムの許へ還っているんだと思います、とシンジは結んだ。

「マナやエーテル、オーラフォトンというのは?」

「……マナとは命そのもののエネルギー。マナがあるから生命が生まれ、死んだ命はマナに還る」

「そのマナを利用可能な汎用的なエネルギーに変換したものがエーテルなんです」

続いての質問にはアセリア・ユーフォリアの母娘が答える。

「オーラフォトンはもっと純粋な物理的なエネルギーです」

とシンジ。

「あのエヴァの腕や今日見せた鞭代わりのケーブルの発光現象?」

「ええ、あの光がオーラフォトンです」

「なるほど……もう一ついいかしら」

シンジの答えにさらに質問を重ねる。

「使徒と貴方たちは同じ物質……と言っていいのかは解らないけれど『エーテル』と貴方たちが呼ぶエネルギーで構成されているわけね?」

「ええ」

「つまり、貴方たちは使徒と同じ存在なのかしら?」

「存在、と言うなら使徒に近いのはこの世界の住人……リリンと呼ぼうか。リリンのほうだ」

その問いに答えるのはユウトだ。

「この世界は異常なまでにマナやエーテルが濃い。そして、リリンも俺たちと同じようにエーテルで構成されている」

死後、体が霧散しないのはエーテルが濃い影響だろう、と続ける。

「それにLCL……アレは物質化するまで濃度が高まったエーテルだ」

「! そうね、アレはリリスの血液だもの……まさしく生命のスープ、か」

「エーテルで構成され、単独で存在できるモノ……という意味では、確かにリリンも使徒だよ」

俺たちが形を持っていられるのは神剣のおかげだからな、とユウト。

「さっき、使徒は『永遠神剣の欠片』と言っていなかったかしら? 私たち人間……リリンも神剣の欠片だと言うの?」

「それはシンジにも説明したことがあったな」

とユウトが言い、

「恐らく、リリンは神剣によって生み出された存在です」

とシンジが答えた。

「神剣……リリス? でも、そんなことが?」

まだ納得がいかない、といった様子のリツコに答えたのはアセリアだった。

「……私も神剣によって生み出された存在。私の世界には『再生』という剣によって生み出された『スピリット』という存在がいた」

エターナルとなる以前は自身もスピリットだった、とアセリアは続けた。

「たぶん、リリンはスピリットに近い存在なんですよ」

とシンジがまとめる。

「まあ、構成の複雑さと言うか、密度は違う。より物質に近い順に、リリン、俺たちエターナルや神剣使い・スピリット、使徒の順になるか」

ユウトの発言までを聞いて思考に沈むリツコ。

シンジたちによって説明されたことを吟味するように頷き、

「なんとなく分かったわ」

と言うと、顔を上げてシンジたちを見つめ、

「で、貴方たちの目的は……」

「サードインパクトの阻止」

リツコの先を制してユウトが言う。

「ええ、そのための手段として、使徒を倒して力をつけている訳ね」

「そうです」

リツコの言葉にシンジは頷いた。

シンジたちのサードインパクトの阻止のための手段としてリリスと契約することを目的としている。

しかし、リリスがどのような神剣かわからない以上、うかつに契約することも刺激して覚醒させることもできない。

そこで、もしもの時に力ずくでも制御できるように、まずは契約者たるシンジの剣である『福音』を強化することにしたのだ。
神剣を強化する方法は単純だ。より多くのマナとエーテルを取り込めばいい。

そのための手段としても、使徒との戦闘は重要なのであった。

「レイちゃんからは質問は無い?」

ユーフォリアが黙って話を聞いていたレイに尋ねる。

「………は」

「ん?」

レイはシンジのほうを見つめながら口を開く。

が、シンジには聞き取ることができない。

少しだけ迷うそぶりを見せたレイは意を決したように口を開く。

「シンジ君が私を助けてくれたのは、未来の私の代わりなの?」

「…………」

シンジはとっさに答えることができなかった。

「……レイちゃん、それは……」

ユーフォリアが代わりに答えようとしたが、それをシンジは遮った。

「僕から言うよ」

と微笑んで、レイを見つめる。

「そういう面が無いとは言えない。僕は、未来で綾波もアスカも助けられなかった。でもこうしてやり直しの機会を与えられた。だからこそ絶対に同じ結末は迎えたくないし、アスカにも綾波……いや、レイにも幸せになって欲しいって思うんだ」

「…………」

レイは黙ってシンジの声に聞き入る。

「僕の中にはある君との思い出も、君の中には無い。でも、だからこそ未来の君との思い出以上にたくさんの、楽しい思い出を君と作っていきたいんだ」

「……シンジ君」

「あれ、でもこれって、結局レイの中に綾波を見てるってことなのかな? ええっと……」

「……いい」

「え?」

「シンジ君が私を大切に思ってくれてるのはわかったから……それでいい」

レイは微笑んでシンジにそう告げると、表情を引き締め、

「私も戦う。どれくらい力になれるかわからないけど、私もシンジ君やユーフィさんの力になりたい」

「レイ……ありがとう」

そんなシンジとレイの様子を見ていたリツコも、

「わかったわ。信じられないことも多いけれど、貴方たちが味方ということは変わらないし、私のやることも変わらないわ。無理矢理にでも信じることにするわ」

そう言って笑い、

「その代わり、少しは実験に付き合って頂戴。その永遠神剣とやらについても調べてみたいし」

と悪戯っぽく続けた。

「……あんまり過激なのはやめてくださいね」

とシンジが答える。

かなり怯えた様子で。




そこで一気に部屋の雰囲気が緩んだ。

「ぶっはははははは!」

ユウトが吹き出し、

「……くっ……ふふっ………」

ユーフォリアは必死で笑いをこらえる。

「「…………?」」

アセリアとレイが同じような顔をして分からない、と言うように首をかしげ、

「あらあら」

楽しそうにカオリが微笑む。

「……どういう意味かしら?」

一方のリツコはシンジの言いようがよほど不本意だったと見え、憮然とした表情を浮かべる。

「ええ!? いや、その……」

マッド、などと言おうものならあっという間に注射器の餌食である。

「…………」

とっさに言い訳できないシンジをじっと見つめるリツコ。

「ええと……! そうだ、リツコさん! 実験に参加する代わりにお願いがあるんですが!」

「……なに?」

つまらないことを言ったら、新薬の実験ね、などというリツコの思考は、シンジの言葉に吹っ飛ばされる事となった。





「ユイさんをサルベージする!?」





「はい、初号機の中の母さんには、もう話はしてありますから、あとはあの男の目が届かない状況を作ってもらえれば」

「サルベージは可能……というの?」

「さっきも言いましたけど、L.C.Lはエーテルです。そして、この世界の人間もエーテルによって構成されている。なら、あとは魂さえあるなら、神剣使いである僕なら体を構成して魂を定着させることも可能です」

なるほど、と頷くが黙りこむリツコ。

「……やっぱり、母さんにはまだ思うところがあるんですか?」

その様子を見てシンジが呟くが、

「え? いえ、違うわ」

さも面白そうにリツコは笑い飛ばした。

「もうあの人に未練は無いし、どちらかと言えばサルベージに興味があるわ。さっき黙ってたのはどうやってあの人の監視をかいくぐるかを考えていたの」

そう言って、ふふふ、と笑うリツコを見て、シンジも笑みを浮かべる。

「とにかく話は分かったわ。近いうちに機会を作るから待っててちょうだい」

リツコの言葉にシンジは微笑んだまま頷いた。




○○○




第四使徒戦から三日が経った。

使徒の体は消滅しているし、シンジの活躍によって市街地の被害も無く、戦後処理は比較的楽に進んでいた。

しかし、技術部や作戦部といったNERV中枢を担う部署はそうもいかない。

前者はエヴァの整備に始まり、急務となった格闘戦用兵器の開発、さらにリツコの独断で極秘に行われてるユイのサルベージの準備(観測機器とMAGIのデータ改ざんの準備である)など挙げればキリが無い。

後者も先のサキエル戦後にも行っていた、戦闘のデータ検証から報告書の作成、迎撃プランの見直しなど、様々な仕事が行われていた。

作戦部長以外・・の手によって。

もちろん、作戦部長だけが仕事をしなければならない訳ではないし、むしろ仕事の割り振りこそが管理職の仕事とも言える。

しかし、多くの重要書類には部長の決裁印が必要であるし、部長だけが閲覧、あるいは作成できる(言い換えれば、部長以外は閲覧・作成してはならない)書類というものも少なからず存在する。

そんな訳で、優秀な下位職員たちによって仕事自体は進んでいるものの、それらの書類や稟議書は作戦部長の執務机の上で止められ、ズンズンと、その高さを増していっているのであった。



「はぁ……」

ため息をついたのは眼鏡の青年、作戦部オペレーターこと日向マコト二尉である。

彼が座っているのは発令所上段のオペレーター席である。

普段は座っているほか二名のオペレーターであるマヤと青葉の姿は無い。

作戦部が平時の業務を行うための部屋はあるのだが、MAGIの端末があれば事足りるため、発令所要員は書類仕事もここで行うのが常であったが、戦後処理のためマヤはリツコの、青葉は冬月の手伝いのためそれぞれの執務室につめていた。

彼の端末にあるのは、彼の担当分の最後の書類(のデータ)。

あとは部長に決裁印をもらえば良いのだが、

「はぁ……」

再びのため息。

彼がサインをもらうべき相手――葛城ミサトはこの三日間、全く仕事に手をつけていなかった。

執務室に居る時は酒を飲み、本部内をうろついては職員に野次を飛ばし、リツコの研究室に押しかけては愚痴をこぼす。

一向に彼女がやらない仕事の割り振りは彼が行った。

部下の報告をまとめるのも、関連部署との折衝も全て日向の手によって、あるいはその指示の下に行われた。

彼を始めとした作戦部の職員たちは、自らに与えられた権限においてできる限りのことを行い、結果、うずたかく積み上げられた書類の山が残ったのだった。




「はぁ……」

何度目かも分からないため息。

日向はこの三日間で、葛城ミサトへの認識を改めざるを得なくなってしまった。


(結局、見た目にだまされてたってことか……)


彼は葛城ミサトのことを女性として想っていた。

さらには、天才的な指揮官であり、尊敬できる上官であると認識していた。

遅刻は多かったし、勤務中にアルコールの匂いを漂わせていることもあった。

書類仕事も進んでやることはなく、仕事は滞りがちだった。

しかし、彼女は天才。

そう天才なのだ。

凡人たる自分の役目は天才たる彼女の補佐であり、いざ戦闘と言う時に気持よく指揮ができるよう計らうこと。

そのために、書類仕事などの俗事を引き受けることに抵抗は無かった。


彼の認識が崩れはじめたのは、先の使徒侵攻が始まってからである。

最初の戦闘で天才的な指揮官であるはずの上官が行ったのは、発進の指示の他は「指示にしたがえ」とわめく事だけ。

次の戦闘でも作戦(と言うよりも行動指針に過ぎなかったが)の不備を指摘されてはわめくだけ。

あげく、シェルターの管理に関する連絡を怠り、民間人が外に出るという事態を招いた。


(今にして思えば……良く考えれば気付いたことだよな)


遅刻が多かった。

――優秀な軍人が時間にルーズなことなどありえない。

勤務中のアルコール臭。

――いざと言う時に酔っ払って指揮をするつもりだったのか。

書類仕事の遅れ。

――作戦指揮官としての責任感に欠ける。


どれをとってみても優秀な指揮官とは思えない。

日向は反省していた。

外見に目が眩み、相手の本質を見誤っていたことを。

そして、考える。


(どういうわけか、上層部はどうしても葛城さんに指揮をさせたいらしい)


そうなのだ。

前回、前々回と全く役に立っていない作戦部の長への処罰は一番重いものでも減給だけなのだ。

普通は解任して新たな指揮官を探すものだ、と日向は考える。

そこまで考えたが、結局思考はそこで行き詰る。


(結局どうしようもないんだよな……)


「はぁ……」

とまたため息をつくと、端末に表示される書類を見つめ、

「よし」

と気合を入れる。


(どっちにしろできることは変わらない)


なら自分のやるべきことをやるだけ。

彼はやるべきことを決めれば、それに向けて努力できる人間である。

彼が自身を「努力型」と表現する所以でもある。

何より、葛城ミサトが指揮官として不適格ならば、それを補佐する自分の役割が重要になってくる。


(今度は、シンジ君だけに頼るようなことはさせない!)


そう決意を決めると、勢いをつけて日向は立ち上がった。

まずは、

「赤木博士に協力を求めるか」

そう呟いて苦笑すると、赤木さんにも苦労かけるなぁ、などと呟きながら、山となった書類を片付けるため、上司の尻を叩きに発令所を後にした。


その後、リツコの研究室にいたミサトが日向につかまって説教をくらい、助けを求めたリツコに説教をくらい、書類仕事が終わってしまうまで丸二日間ほど執務室に監禁されたのはどうでもいい話である。

むしろ、それに最後まで付き合った日向が作戦部の下位職員を始め、ミサトの行動に迷惑していた本部職員の賞賛を浴びたことを記しておく。




○○○




「くそ、何でオレがあんな目に……」

時間を一日戻して使徒戦翌々日。

ケンスケはぶつぶつと呟きながら教室のドアを開けた。


学校自体は市街地に被害の無かったこともあり、翌日からすぐに再開されていたが、シェルターから抜け出した彼は碇の黒服隊につかまったあと、NERVの保安部に引き渡され、四時間に及ぶ説教と「見たことを漏らすな」という守秘義務に関する説明(と言うよりも脅迫)を受け、反省を促すという名目で丸一日営倉に放り込まれていた。

その後迎えに来た父親にグーパンチをもう一発もらって家路についたのだった。

しかし、彼の言う「あんな目」はまだ終わりではなかった。

彼の所有するパソコン、カメラ、ビデオその他の電子機器一切合財が彼の部屋から消えていたのである。

あわてて父親を問い詰めたが「お前が一日で家に帰るための条件だ」と言われて呆然となった。

「戦闘を見る」という目的でシェルター外に出た彼にはスパイ容疑がかけられており、情報を記録・発信できる物品の所持を禁止されたのだった。

無論、誰も本気にはしておらず、一ヶ月ほどでその制限も解除される予定だったのだが、押収された彼のパソコンからごろごろとNERVやエヴァに関する機密データが出てきたために、彼は第三新東京市に居る限りパソコンやカメラはおろか携帯電話さえもてなくなってしまったのだった。

さらに、父親相田ケンタロウも情報漏えい・守秘義務違反として上司からこっぴどいお叱りと減給をくらった。

ケンタロウ自身は首にならないだけよかったとホッとしたのだが、それ以降仕事を家に持ち帰るのは止め、自室にも鍵をかけるようにしたために、ケンスケは父親のパソコンから情報を得ることもできなくなっていた。

そういう状況でふてくされて学校をサボろうかとも考えたケンスケだったが、ケンタロウがそれを許すはずも無く、家をたたき出されて渋々と学校に向かったのだった。


教室に入った彼はかばんを机に置くと、ちらり、と窓際後方の席を見る。

そこには席に座ったシンジとレイを囲むようにユーフォリア、ヒカリ、トウジが集まって談笑していた。

それを見たケンスケは、ニヤリ、と笑うと、

(トウジもいることだし、碇にはオレをパイロットに推薦してもらわなきゃいけないからな)

仲良くしとかないと、などと考えながら、席を立ち、シンジたちに近付き声をかけた。

「やあ、碇、こないだは大変だったな」



シンジとユーフォリアは談笑しながらも、席を立ったケンスケがこちらに近付いているのを冷ややかな目で見ていた。

「やあ、碇、こないだは大変だったな」

へらへらと笑いながら話しかけてくるケンスケに対し、シンジは

「ああ、そうだね」

と言って無表情にケンスケを見つめる。

それに一瞬ひるむも、めげずに話しかけるケンスケ。

「いや〜、しかし、すごい戦いだったな……」


一方話し始めたシンジとケンスケを見ながら、トウジとヒカリは顔を見合わせ、ユーフォリアに尋ねる。

「なぁ、センセはなんか怒っとんのか?」

「何だか、様子が変よ?」

「まぁ、見てたら分かるよ」

二人の問いに、ユーフォリアも無表情にケンスケを見つめながら答える。

その様子に二人はさらに首をかしげながら、会話を続けるシンジとケンスケに目をやった。


「お前って、強いんだな〜」

「相田くん」

一方的に話していたケンスケをシンジは一言で黙らせた。

「な、何だよ」

「今までの話は聞かなかったことにする」

「は?」

ポカンとするケンスケに対し、

「僕が知らないとでも思ってるのかな? 君には守秘義務が科せられたはずだ。それを破れば……今度は営倉一日くらいじゃすまないよ」

声を潜めながらも、ケンスケを睨むように告げる。

「な、何のこと……」

対するケンスケはしらばっくれようとするが、

「何か勘違いしているようだけど、僕と仲良くしたってパイロットになれる、なんてことはありえない」

ケンスケの思考を正確に読んでいたシンジはそう告げた。

そして、

「僕から君に話しかけることはもう無い。だから、君からも僕には関わらないでくれ」

反省してくれれば良かったけれど、君はその機会を自分で捨てたんだ。

シンジはばっさりとそう言い放った。

呆然とするケンスケに、

「クラスの皆に伝えるようなことはしない。でも、僕に必要以上に関わった時の安全は保障できない。言っただろ? NERVは正義の味方じゃないよ」

そう続けると、シンジはケンスケから目をそらした。

ケンスケはふらふらとシンジたちの席から離れ、自分の席につくと、担任教師が来るまで、ただ呆けていた。

そんなケンスケの様子を見たトウジとヒカリは、

「なんや、センセ、ケンスケと喧嘩でもしたんか?」

「相田と何かあったの、碇くん?」

とシンジに問いかけるが、

「いや、いいんだよ。あのほうが相田くんのためだ」

と、少しだけ苦々しく微笑みながら答えた。

その様子にユーフォリアと前日にユーフォリアやユウトから事の次第を聞いていたレイが心配そうに見つめる。

「……いいの?」

「ああ、これでいいんだよ、レイ」

(僕に関わって危ない橋を渡るよりはよっぽどね)

その答えに、

「ん」

「シンくんがそれでいいんならいいよ」

と二人は微笑んだ。

トウジとヒカリは首を傾げたが、そのまま再び談笑を始めた三人につられるように会話に加わっていった。