第十話


零号機再起動実験前日。

「何ですって!? 明日使徒が来るの!?」

高嶺邸の一室でリツコの叫び声が上がった。

この場に居るのはもはやおなじみのメンバーとなっている、シンジ、ユウト、アセリア、ユーフォリアの高嶺一家とメイドのカオリ、リツコとレイの赤木・綾波姉妹、そして、先日仲間へと引き入れられた「姉バカ二号」こと伊吹マヤである。

「たぶん、ですけどね。『前回』も零号機の再起動実験中に来ましたから」

シンジが苦笑しながら言った。

「どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか?」

「最大のイレギュラーである俺たちが言うのもおかしいが、ゆらぎはできる限り少ないほうがいい。バタフライ効果って奴があるんだろ?」

ユウトがそう言った。

バタフライ効果とは簡単に言えば「ある場所での蝶の羽ばたきが、地球の反対側で嵐を起こす」というように、初期条件の小さなゆらぎが時間の経過と共に大きな影響を与える、というカオス理論の一つの考え方である。

「それはそうかもしれないですけど……でも、早く聞かされてたらそれなりの対処もできるのに……」

「ま、そう言うなって」

ぼやくマヤに苦笑で答えるユウト。

「『前回』ではどう勝ったのかしら?」

興味深げに聞いてくるリツコに、シンジは『前回』の「ヤシマ作戦」を話して聞かせる。

「なんて無茶な……成功の確率が一割をきるような作戦なんて……」

「レイちゃんをそんな危険な目にあわせるなんて許せません!」

呆れた様子のリツコと憤慨するマヤ。

マヤは拳を握り締めて怒りの表情を浮かべている……つもりなのだろうが、童顔も相まって微笑ましいだけである。

「とりあえず、僕が出ます」

というシンジの言葉に、危険だ、とリツコが言うが、

「下手にごねると、いきなりレイを出す可能性がありますから」

という言葉には口をつぐまざるをえない。

マナを操る力を得たものの、零号機に乗った状態でどの程度使えるのかは未知数だ。

「レイと零号機」と「シンジと初号機=福音」では状況は全く異なる。

レイは零号機と契約しているわけではないのだ。

「大丈夫なの、シンジ君?」

心配そうなレイに、笑顔で返すシンジ。

「どうにかする方法があるの?」

「まぁな」

リツコの問いにはユウトが答えた。

「さっきも言ったように、恐らく零号機の起動実験中に敵は来る」

そのまま、全員の顔を見回しながら確認するように言葉を続ける。

「髭は実験中断、とか言うと思うけど、レイにはそのまま連動実験を続けてもらいたい。後詰めの予備戦力だ」

わかるな、というユウトの問いに頷きで答えるレイ。

「二人はどうする? 発令所に居てもらったほうが有難いが、実験も重要だろ?」

「そうね……でも、起動さえできれば、後は他の子たちに任せても大丈夫だと思うわ」

「そうか」

ユウトは頷いて続ける。

「できれば初回の出撃で撃破を目指す」

「はい。ヤシマ作戦はご免です」

シンジが大きく頷く。

「で、問題は失敗した時だ。その時は……」

「その時は?」

「どうするんですか?」

「今から考える!」

ユウトの答えにリツコとマヤの師弟コンビがずっこけた。




○○○




エントリープラグのなかで、シンジは発令所の口論をBGMに『福音』と作戦会議をしていた。

(一応射出と同時にリジェクション・シールドA.T.フィールドだね)

(ええ。後は私の拘束具をできるだけ早くはずしてもらって……)

(後はかわしながら、神剣の気配を読んでコアの場所を特定して接敵、撃破……となればベストだね)

と、そうこうしているうちに発令所では決着がついたらしい。

『シンジ君、一番目標から離れた場所に射出する。敵の情報は全く不明だ。これは勘だが、恐らく奴の攻撃方法は飛び道具……銃撃や砲撃に準じるものが主体だと思う。気をつけてくれ』

「了解。ありがとうございます、日向さん」

日向の助言に礼を言うシンジ。

(リツコさんの言ってた通り、日向さんは信用できそうな感じだ)

(仲間が増えるのは良いことです)

『福音』の思念にも喜色が混じる。

『エヴァンゲリオン初号機、出撃!』

日向の声と同時、強烈なGがシンジを襲う。

が、さしてそれを気にした様子もなく、シンジは呟いた。

「頼みますよ、アセリアさん」




○○○




初号機が射出されると同時だった。

「目標内部に高エネルギー反応!」

「何ですって!?」

「やっぱりか!」

青葉の叫びに呼応するようにミサトと日向が叫ぶ。

「円周部を加速、収束していきます!」

「まさか、加粒子砲!? だめ、避けなさい!!」

ミサトの声がむなしく響く。




○○○




「……あれがラミエルか」

静かに呟くのは青い髪を持った少女。

手に携えるのは槍にも似た長い柄を持つ長剣。

『永遠』を持ったアセリアだ。

民間人が避難を終え、人気のない第三新東京市を眼下にする兵装ビルの上からじっと見つめる。

視線の先にあるのは青く輝く八面体。「雷を司る天使」こと、第五使徒ラミエルだ。

離れていてもかすかに感じる神剣の気配。

そしてもう一つ、地下から急速に浮上してくる神剣の気配は――初号機だ。

それを感知したのであろう。初号機の気配が近付くと同時に前方に見えるラミエルに急速にマナが集まり、エーテルが高まっていくのを感じる。ラミエル自身の色とは異なり、“赤”い炎のマナを感じる。

アセリアは『永遠』を目の前に水平に構える。

根源たるマナマナ モニネス・ネト……マナの支配者たる神剣の主として命じるロスハーム シハイ ウネク セィン シミハオ・ラスレス・カウート

アセリアの故郷、ファンタズマゴリアの言葉で呪文が紡がれると同時に、彼女の周囲にもマナが集まり始める。

彼女の体をエーテルが駆け巡り、そして背中から噴出する。

それは、彼女の背に光の翼を作り出した。

かつて彼女がスピリットであったことの証。ハイロゥと呼ばれる光の器官だ。

紡がれる言葉ミスティーハ ヤミニィ ツケマ……そしてマナの振動すら凍らせよハル・シエーレサ ミ マナ・ハシエアイス・ヴァニッシャーシエレス・ハーアルサッ!」

結句と同時、大きく光の翼が羽ばたく。

そして次の瞬間、

彼女の周囲にあった“青”いマナが霧散し、

アセリアの視界の中、

青い八面体が、











凍りついた。











「「「「な……!?」」」」

発令所が驚愕に凍りつく。

スクリーンの中、第五使徒が凍りついていた。確かに全員が見ている。

しかし、その氷は一瞬で砕け、目標も相変わらず健在。

だが、一瞬とはいえ起きた原因不明の現象に、誰もが驚愕して動きを止めていた。

「! も、目標内のエネルギーが拡散しています!」

「ナンなのよもう!」

青葉の報告にミサトがわめく。

(なるほど、『これ』がどうにかする方法ってわけね)

内心でどういう原理か後で聞こう、などと考えながらリツコは叫ぶ。

「早く拘束具をはずしなさい! すぐにまた来るわよ!」

「り、了解! エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!」

その声に我に返った日向があわてて拘束具を除去する。

その後ろでは、

(上手くいったか……)

ユウトが胸をなでおろしていた。

“青”マナによる最も特徴的な技。

氷のマナによって敵のマナの流れそのものを停止させ、神剣魔法の発動を止める。

総じて「ヴァニッシュ・スキル」と呼ばれる技である。




○○○




『エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!』

スピーカーから聞こえる日向の声と同時に、初号機の肩を固定していた戒めが解ける。

すでにシンジは前方にA.T.フィールドを展開している。前方に小さく集中させることで強度を増したそれは、もはや領域フィールドというよりも、シンジ達が呼ぶようにシールドといったほうが適切だろう。

拘束具が外れると同時に初号機は走り出した。


『ちょっ……また指示も無く動くなぁ!!』


スピーカーから聞こえる指示にすらなっていないわめきは意識の外に追い出しながら、

(コアの場所分かる!?)

(もう少し……ダメです! もっと近付かないとつかめない!)

(くそっ!)

ラミエルからマナの高まりを感じる。

「くっ!」

瞬間的に『福音』と同調して初号機を操作。神業的な反射で身をかわした瞬間、さっきまで初号機のあった場所を光の線が貫く。

(シンジ!)

(分かってる!)

悲鳴のような『福音』の声に応えながら初号機を走らせ続ける。

二度、三度と光芒が襲いかかる。

「ふっ!」

右にかわし、

「むぅ!」

左にかわし、

「ぐっ!」

A.T.フィールドの楯ではじき、

「くそ!」

後ろに飛びのいてかわす。

なかなか近付くことができない。

シンジの顔に焦燥が浮かぶ。




○○○




「こらぁ! 何やってんのよ、さっさと近付いて目標に攻撃しなさい!!」

ミサトのわめき声が発令所に響くが反応するものは誰も居ない。

スクリーンの端に映る厳しい表情を浮かべたプラグ内のシンジももちろん無視。

「シンクロ率上昇! 73.4%で安定しています!」

「目標の加粒子砲は先ほど撃とうとしたものよりもエネルギーは低いですが、チャージが短くなっているようです!」

「威力よりも連射性能をとったわけね」

「初号機がA.T.フィールドではじけているのも、そのおかげのようです。もし先のエネルギー量で撃たれたら、おそらく防ぎきれません!」

青葉の報告にリツコがうなる。

マヤからのシンクロ率上昇の報告も気になるが、今は敵の攻撃をどうにかするほうが先決だ。

スクリーンの中では初号機が縦横無尽に跳び回り、ときにA.T.フィールドで光線をはじいている。

が、

「あれでは近付くことすらできないわ……」

リツコの言葉の通り、まだ初号機の動きに余裕はあるものの、近付くことができないでいる。

シンジの顔にも焦りが見える。

「いったん退却を! このままではジリ貧です!」

日向が叫ぶ。

「俺も賛成だ。この状況ではどうしようもない。あわよくば、とも思ったが……」

その叫びにユウトも同意する。

もし、敵の攻撃が最初のようにチャージに時間のかかるものであれば、アセリアのヴァニッシュによって防ぎ続けることも可能であろうが、あのように威力を殺して時間を短縮されてはそれも難しい。

「あに言ってんのよ! まだ動けんでしょうが! 撤退なんてさせないわよ!」

ミサトが食って掛かるが、

「馬鹿か! この状況で勝ち目はない! 損傷の少ないうちに撤退させて次の手を考えるんだよ!!」

「ぐ……!」

ユウトの正論に押し黙る。

「シンジ! いったん撤退だ!」

『くっ……了解!』

ユウトの叫びにシンジは悔しそうに同意する。

「シンジ君! D-7番の回収口を開けるから、そこに飛び込んでくれ!」

日向がシンジの現在地に程近い地点を提示し、プラグ内のスクリーンに出すように操作する。

『りょう……かいっ!!』

スクリーンの中の初号機が光芒をかわしながら、シンジの声が響く。

『ぐっ!』

初号機が回収口に飛び込むと同時に隔壁が作動する。

ラミエルの砲撃はそれを破ることはできず、わずかに焦がすだけにとどまった。

敵がいなくなったラミエルは、逡巡するような様子も見せず、第三新東京市の都市部の中央ゼロエリア――NERV本部の直上まで悠然と移動すると、下の四角錐の頂点から細い錐のようなものを下ろし始める。

地面に接したそれはぎゃりぎゃりという耳障りな音を発しながら、アスファルトに覆われた装甲板を削り始めた。

「敵は何を始めたの!?」

「ジオフロント内、NERV本部に向かい穿孔しています!!」

「ここに直接攻撃を仕掛けるつもりなのね……」

「当面の時間は稼げた、と見るべきだな」

日向の報告にリツコとユウトの声が答えた。

「初号機回収完了。冷却を開始します」

とマヤが報告する。

「シンジは?」

『大丈夫です』

ユウトの問いには、シンジが直接答えた。

それに胸をなでおろすと、ユウトはキッとミサトを、そして最上段の二人の男を睨みつける。

「……だから言っただろうが。先に情報収集をしろと」

その声が、初号機が退却し、即時の危機がないと分かってわずかに弛緩した発令所の雰囲気を再び緊迫したものへと変えた。

ミサトを睨み、

「お前の仕事はシンジに勝ち方を教えることだろうが! 何も考えずにエヴァをぶつけるくらい、小学生でもできる!」

「な……」

「彼の言うとおりです」

んですって、とミサトが続ける前に日向の厳しい声が響く。

「日向君!?」

かばってくれる、とでも思っていたのだろうか。ミサトが驚愕した声を出す。

「せめて、敵の攻撃が加粒子砲であることが分かっていれば、囮を出すなり初号機に射撃用の武器を持たせるなりできたはずです」

ミサトが日向を睨む。

「貴女のミスです。葛城一尉」

それにひるむ事無く、日向が断じる。

「私のミス? そんなわけないじゃない! 私の指揮は完璧なのよ!? あいつが、サードが私の指示に従わないのがいけないのよ!」

ミサトの叫びが発令所に響くが、スタッフからは白い目だけがミサトに集中する。

「お前らもだ!! よく考えて発言しろ!」

トップだろうが、と最上段を睨みつけて言い放った。

しばらく睨んだが、二人から反応が返ってこないことにため息をつくと、

「ま、今はそれはどうでもいい。できる限りの情報を集めて作戦を立てる」

といって日向に目を向ける。

「ああ、分かってるよ」

まずは情報収集からだ、というユウトの言葉に、日向が頷く。

そして、ユウトは蔑みのこもった視線で上段のゲンドウと冬月をもう一瞥だけすると発令所を後にした。

一方の日向はミサトの指示が無いままに下位の職員たちに指示を出していく。

そして最後に、

「かまいませんね?」

「……ええ」

ミサトに確認を取ると、彼女は恨めしげな声で了承した。

それによって再び発令所が動きだす。

元々NERVは優秀な職員で構成されている。きちんとした指示さえあれば、的確に動くことができるのだ。

「…………」

その中に一人ぽつんと立っていたミサトは、

「結果が出たら教えて頂戴。私は部屋にいるわ」

チッと一つだけ舌打ちをしてそう言った。

「了解。まだ残っている書類があったはずですから、決裁をお願いします」

日向の答えに、一瞬ものすごい形相で彼を睨むが、スクリーンを見つめる日向は気付かない。

「……わかったわ」

それだけを言い残して発令所を後にした。

「無様ね、ミサト」

「今、すっごく怖かったですぅ」

ミサトの表情を目撃してしまったリツコとマヤの声はミサトには届かなかった。




○○○




「集まった情報を整理しますと、目標は一定距離に近付いた移動物体および敵性体を排除する、というパターンをとっています」

「索敵範囲内の移動する物体は加粒子砲で狙い撃ち、攻撃してくる奴もしっかり報復してくるわけね」

作戦部のブリーフィングルームでは日向の指示で集められた情報によって、ラミエルに対する作戦が練られていた。

いつの間にか復活したのか、先ほどのことなど忘れたようなあっけらかんとした様子でミサトも加わっている。

「A.T.フィールドも依然健在。肉眼で位相空間を確認できるほどの強力なものが展開されています」

「攻守ともに完璧の移動要塞か」

「エヴァによる近接戦闘はほぼ無理ですね」

しかし、誰もミサトを気にかける様子は無い。

作戦部長ということではらわれていた敬意も今や霧散してしまっている。

知らぬは本人だけである。

「しかし、一瞬凍りついたのは一体なんだったんだ?」

「あれに関してだけは全く分かりません。こちらの有利に働いたのは事実のようですが……」

映像の記録もしっかり残っていたが、データ上確認できたのは、あの瞬間に目標内のエネルギーが霧散したことだけだった。

「今は、そのことを気にしてもしょうがないだろう」

「目標のボーリングマシンが本部に到達するのは……」

「現在は第二装甲板を削ってる最中です。到達予想時刻は明日午前0時6分」

「10時間足らずか……」

(何とか、あの子達を助けないと)

呟きながら日向は思う。

初号機が無事だったのは僥倖だったが、元はといえばこちらのミスなのだ。

ちら、とミサトを見ればなにやら思案している様子。

先ほど発令所で見せた暗い雰囲気は見えない。

(まぁ、作戦部長らしいところを見せてもらいましょうか)

少々無責任かもしれないが、日向は自身の能力を分かっている。

自分には対使徒に有効な作戦立案はできない、と。

その意味では作戦部長にふさわしいのは間違いなく葛城ミサトなのだ。

だから、彼は自身の役目を葛城ミサトの無謀な指揮のストッパーおよび作戦の修正者と定めた。

『たぶんミサトは無茶苦茶な作戦を立てるわ。でも、おそらくそれは有効な作戦でもあるのよ。だから、“無茶苦茶”な部分をこっちで修正するのよ』

先日、ミサトの扱いについて相談したリツコの言葉を思い出す。

日向の見つめる先で、ミサトが何かを思いついたように顔を上げた。

「ちょっち聞いて。やってみたいことがあるの……」

彼女の思いついた内容を聞いて彼は思った。

リツコの言葉は正しかったと。




○○○




「やっぱりヤシマ作戦になりましたか……」

「そのようね」

リツコの執務室では、リツコ、シンジ、ユウトの三人が顔を見せ合ってため息をついていた。

マヤは零号機の連動実験の手伝いに向かった。現在も第二実験場では零号機の機体の調整が進められている。

ユーフォリアと戻ってきたアセリアもそちらにいた。

先ほど日向からミサトからの作戦の修正について意見を聞きたい、と連絡があった。

その時聞いた内容は『前史』におけるヤシマ作戦そのものであった。

「こうして見ると、ホント無茶な作戦だな」

ユウトも端末の画面に浮かぶ作戦概要を見ながらこぼす。

全国から電力を徴発し、A.T.フィールドを中和せずの一点突破。

失敗すれば後がない上、被害も考えていない。しかも成功確率が8.7%だ。

とても実行する気にはなれない。

「失礼します」

プシュ、という空気の抜ける音ともに声がかかる。

日向だ。

「お忙しいところにすみません」

「いいのよ。今のところ、技術部の仕事は零号機の調整だけだもの」

リツコの答えに、そうですか、と頷きながら、日向はシンジとユウトに真剣な目を向ける。

「すまなかった。こちらのミスでシンジ君を危険な目に遭わせた」

真摯な態度で頭を下げる。

シンジは少し驚いていた。

全てが一つになった世界でシンジは全ての人類の心に触れている。

もちろん、その全てを覚えているわけではないが、近しかった人の感情はそれなりに印象に残っている。

その記憶によれば、日向は本気でミサトを想っていたはずだ。もはや崇拝であったと言ってもいい。

発令所での様子はリツコとユウトから聞いてはいたが、目の前で見れば改めて驚きがあった。

「いえ、分かってもらえてればいいんです」

とだけ答え、今はやることがあるはず、と告げ、微笑んだ。

日向もそれに微笑を返す。

そして、四人によるミサトの作戦案の修正が始まった。



「技術部としてはまずこれね」

とリツコが早速問題点を挙げる。

指で示したのは作戦概要の一文。


“エヴァによる長距離射撃”


「わざわざ改造してエヴァに撃たせるなんて非効率だわ」

「それは俺も考えました」

日向も頷く。

A.T.フィールドを中和するわけではないのに、わざわざ改造してまでエヴァで運用する意味はない。

パイロットを介すよりも直接MAGIによるオペレートを行ったほうが成功率が高いのは誰が考えてもわかることである。

「陽電子砲を主力に、エヴァ二機を予備兵力とする、という方向がいいと思うんですが」

日向が続けた。

「零号機は使えるのか?」

「ええ、あなたがすぐに言ってくれたおかげで、結構時間が取れたから、調整はかなり進んでいるわ」

ユウトの問いにリツコが答える。

「ちょっと聞きたいんですけど」

そしてシンジが口を開く。

「あれって、攻撃してる時もA.T.フィールド張ってるんですか?」

「おそらく、展開していないはずよ。少なくとも、射線上は展開していないはずだし、展開していたとしても出力は弱まっていると見ていいと思うわ」

「ええ、砲撃中に別方向から攻撃を加えた場合、着弾を確認しています」

もっとも、ダメージは与えられなかったようですけどね、と日向が補強する。

なら、とユウトが、

「最初にエヴァを射出、奴さんがそちらに砲撃を行っている間に陽電子砲とやらで狙い撃ち、っていうのはどうだ?」

と提案する。

「エヴァを囮に使うわけか。でもそれだとエヴァが危険なんじゃ?」

「強力な砲撃じゃなかったらフィールドで防げます」

心配そうな日向にシンジが答える。

「出してもらう時に……例えば射出のちょっと前に拘束具をはずしてもらって、打ち上げるとか」

止まってるのが一番危険です、と続ける。

「最初のチャージに時間のかかる奴さえ避ければ、あとはかわし続けるだけなら何とかなります」

実績もあるでしょう、とシンジ。

日向はむぅとうなる。

「しかし、陽電子砲が外れると……そうか、その時はシンジ君に攻めてもらえばいいのか」

「そうね、なら、零号機は陽電子砲の防御に回せばどうかしら?」

「なるほど……」



しばらく議論が続き、作戦は定まった。




○○○




「エヴァを囮にした、長距離狙撃、かね」

暗い司令室でミサトはゲンドウ、冬月に対し、作戦の説明を行っていた。

概要は次の通りである。

まず準備段階として、戦時の試作型陽電子砲を借り受け、目標の索敵範囲外に設置する。

そして、充電が完了したところで、初号機を索敵範囲内に射出。

目標が初号機に反応して砲撃を始めたら、陽電子砲による狙撃を行う、というものだ。

前回の出撃と同じく初号機が近付くことはできないはずだが、砲撃中はA.T.フィールドは展開されていない。

よって、全国からの電力の徴発などという馬鹿げたことはしなくて済んだ。

また、充電が察知され先に攻撃を受けた場合、あるいは狙撃が外れた場合でも、目標は陽電子砲に攻撃を加えるはずなので、囮役と攻撃役を入れ替え、直ちに初号機を射出、直接攻撃を加える。

また、零号機は防御役として陽電子砲のそばに楯を装備して配置されることとなった。

「MAGIは何と言っている」

「全会一致で賛成。勝率は72.8%です」

当初、ミサトは自分の案をゴリ押ししようと考えていたようだったが、MAGIの予想という客観的な数字を持ち出されては反論することはできなかった。

何しろ、約8倍である。成功確率が一割に満たない作戦と七割を超える作戦では、どちらを選ぶかなど考えるべくもない。

「……反対する理由はない。存分にやりたまえ」

「はい」

勢い込んで答えたミサトは司令室を後にする。

「彼女が考えたものではないな……」

「ああ」

ミサトが退出した後の司令室で二人の男が言葉を交わす。

二人はほぼ正確に何があったかを予想していた。

「まあ、下ががんばってくれるならそれに越したことはないな」

「問題ない」

どちらにしろ、ミサトをはずすことができない二人としては、これはうれしい誤算だった。

が、

「これがいつまで続くか、だな」

「……ああ」

チルドレンの心を削るため、勝ちすぎるわけにはいかない。

だが、負ければ人類は滅亡。事情を知るのは自分たちだけ。

ままならないものだな、ああ、などとため息をつく二人であった。

いい気味である。