第十一話


シンジやユウトたちが日向とともに作戦を練っているころ、第二実験場では零号機の調整が懸命に進められていた。

『フィードバックの誤差は?』

『まだ残っています』

『パイロットの状態は安定しています。多少のぶれはありますが、シンクロ率30%強を維持していますし、ハーモニクスも誤差修正範囲です』

『となると、後は機体の問題か……』

スピーカーから聞こえる管制室にいる技術部スタッフの声。

ぼんやりとそれを聞きながら、レイは自分が身を預けているエヴァ零号機へと語りかける。

(あなたは何を望むの?)

はっきりとした意思は返って来るわけではない。

(あなたは私……そして私はあなた。あなたの望みは私の望みよ)

だが、確かにレイは零号機の“心”に触れているのを感じていた。

LCLにたゆたいながら心を触れ合わせるなかで、


(そう、寂しいのね?)


唐突にそう理解した。

零号機のコアに封じられているのは一人目の綾波レイ。

その魂のほとんどは二人目である自分に受け継がれているが、自分の一部ともいえるその魂の欠片が封じられていることにレイは、初めて乗った時から気付いていた。

そして、リリスのコピーである初号機の、そのまた劣化コピーであるとは言え、零号機もまたリリスを母とする存在。

元なる存在を同じくする一人目のレイの欠片は完全に零号機に融合し、一つになっているのだ。

そして、ごくわずかではあるものの、人の心をその身に溶かした零号機は、10年にわたって放置され、大きな孤独を感じているのである。

先の起動実験時の暴走も、ゲンドウに突きつけられたレイの孤独に零号機が共鳴してしまったためなのだ。

レイは知っている。知ってしまった。

感情を。寂しさを。

そして、それを消すために必要なのは、

(なら、私がそばにいるわ)

自分を認めてくれる誰かの存在。

今度はかすかな意思が返ってくる。

(だって……あなたは私だもの……)

それは喜びだ。

(だから、力を貸して)

そして、レイはこいねがう。

(私の大切な人の力となるために……お願い、“私”)



――――――――――――!!



感じる、同意と歓喜と感謝の波動。

(……ありがとう)

レイが自らのパートナーを手に入れた瞬間だった。



突如変化したデータに管制室は騒然となった。

「何!? どうなったの!?」

「わ、分かりませんが、突然安定しました。フィードバック誤差±0、ハーモニクス誤差±0……完全に安定しました」

「こんな……まるで零号機が自分からパイロットに合わせたみたいだ……」

猛然とデータを洗いなおすスタッフを他所に静かにスクリーンを見つめる二人。

「ふふふ、またお友達が増えたんだね」

「! そっか、レイちゃん……」

ユーフォリアとマヤの視線の先にあるスクリーンでは、レイが穏やかな微笑を浮かべていた。




○○○




技術部が納得できる論理的な原因は特定できなかったものの、零号機は完全に安定して起動できるようになっており、いくつかの動作調整を行い、1時間ほどでレイは解放された。

作戦の準備も着々と進められている。

作戦名は『前史』と同じく「ヤシマ作戦」 作戦地点も、双子山山頂となった。

ちなみにこのネーミングは日向のセンスであったらしい。ミサトは那須与一の故事など知りもしなかった。

当初ミサトが無理矢理徴発しようとしていた「戦自研のプロトタイプ」こと、試作型自走陽電子砲は日向の手によって穏便に借り受けることができた。彼の丁寧な対応によって、輸送援助と何人かの技術者の援助も受けられ、現在NERVの技術部スタッフとともに、MAGIによるオペレートに対応させるための調整が行われている。

日本全国からの電力徴発という事態はなくなったものの、相応の出力を得るために、シェルターや病院といった最低限のライフラインを残し、第三新東京市に供給される電力のほとんどが作戦地点へと送られる予定となっており、そのための変電装置や冷却システムの敷設なども進められていた。

技術部の仕事はそれほど多くはない。

初号機は戦闘機動による損耗はあるものの、その調整はすぐに済む程度のものであったし、零号機にいったってはどういうわけか完全起動できるようになっている。

陽電子砲とSSTOの底面を加工した楯を準備すれば、残りの電力供給システムの敷設は施設課や土木課の仕事だ。

そして、全ての準備が整ったのは、先の戦闘から五時間後。

作戦開始はその一時間後、20時ちょうどと定められた。




○○○




19時30分。双子山山頂。

膝をついた形で鎮座する零号機の横、イジェクトされたエントリープラグへとつながるタラップの上で、プラグスーツ姿のレイはユーフォリアと笑みをかわしていた。

「じゃあ、この子はレイちゃんの力になってくれるんだね」

「ええ」

ユーフォリアの言葉にうれしそうに頷くレイ。

「この子は私でもあるもの」

そっと零号機の頭をなでるように手を動かす。

もちろん手が届いているわけではない。しかし、穏やかな笑みを浮かべるレイの様子にユーフォリアも微笑みを浮かべた。

「ふふ、なら安心だね」

「ええ、大丈夫よ」

そう言ってもう一度笑いあうと、

「そろそろエントリーだね。私は指揮車にいるから」

「ええ」

「また、あとでね」

「またあとで」

二人で手を振り合い、ユーフォリアはその場を後にする。

「大丈夫。私も、あなたも、一人ではないわ」

ポツリとこぼすレイの言葉に、零号機のモノアイのレンズが、応えるように街の明かりを反射してきらめいた。




○○○




双子山山頂は静かなものだった。

敷設された冷却機の回る音だけが響いている。

全ての準備は終わっている。後は時間を待つだけなのだ。

指揮車の中もそれは変わらなかった。

ユーフォリアが入った先にいたのは、四人のオペレーターとそれを指揮する一人の女性。

ユーフォリアが名を知っているのはその女性――葛城ミサトだけだ。

四人のオペレーターのうち、二人は技術部所属でそれぞれMAGIと陽電子砲の担当。一人は作戦部、一人は司令部の所属らしい。

ミサトが鼻息荒く、作戦部のオペレーターに尋ねる。

「目標の様子は?」

「依然沈黙を保ったままです」

続いて、技術部のオペレーターに目を向け、

「陽電子砲の準備はいいわね?」

「調整は終わっています」

「MAGIとの連動も問題ありません」

そして、司令部のオペレーターに目を向ける。

「はつ……」

「発令所との情報交換も問題なく行われていますよ」

彼は、ミサトの発言より先に答えた。

オペレーターたちはやたらとテンションの上がっているミサトにため息をつく。

実はこのやり取り、一時間ほど前から10回ほど繰り返されている。

当然のことながら、自分の手で使徒を倒せる機会を得たためだ。

本来なら、作戦指揮官たるミサトは発令所で全体の指揮を執らねばならない。

にもかかわらず、陽電子砲の発射ボタンを押す、ただそのためだけにこの指揮車を引っ張り出してきたのであった。

(ふふふふ……とうとうこの日が来たわね……私が! この手で! 復讐を果たす時が!!)

暗い愉悦は醜い笑みとなって顔に表れている。

ユーフォリアはその顔を見て眉をしかめているが、ミサトは気付いていない。

「目標の様子は?」

オペレーターのため息がこだまする。

このやり取りは、作戦開始まであと6回繰り返された。




○○○




そして、時が来た。

『作戦開始!』

うれしそうなミサトの声をスピーカーから聞きながら、ユウトとアセリアはスクリーンを見つめる。

「第一次接続開始!」

「中央変電施設より送電開始!」

『電圧上昇、加圧域へ入ります!』

『冷却システム出力最大へ』

発令所と双子山の指揮車の間を報告と指示が行き来する。

電力が集中していくと同時に第三新東京市から灯りが消えていく。

ユウトが、アセリアが、リツコが、マヤが、日向が、スクリーンに映るラミエルとその両脇に映る零号機と初号機を見つめる。

零号機は楯を構えて双子山に設置された陽電子砲の脇に待機しており、初号機も発進位置で号令一つですぐに発進できるように待機している。


「第二次接続開始!」

『全加速器運転開始! 強制収束機作動!』

そして、

「最終安全装置、解除!」

『照準作業に入ります』

「初号機発進!」

充電の完了と共にその命令が下された。

(しっかりやれ、シンジ!)

(……がんばれシンジ)

(がんばって、シンジ君)

(がんばってください!)

(頼むぞ、シンジ君!)

五人の想いは一つ。




○○○




『初号機発進!』

スピーカーから聞こえた日向の声と共に、強烈な下方向へのGがかかる。

『目標内に高エネルギー反応!』

やはり気付かれたらしい。だが、それは織り込み済みだ。

地上へと出る直前、

『最終安全装置解除!』

肩を拘束していた箍が外れる。

浮上する速度そのままに、初号機は夜空へと打ち上げられた。

同時に、ラミエルから放たれた光芒がそこにつながっていたケーブルごと射出口を打ち抜く。

『アンビリカルケーブル断線!』

「ケーブル、パージ!」

即座にシンジはケーブルをパージ。完全に初号機は自由の身となる。

ここまでは予想の範囲内。

飛び上がった上空からラミエルの姿を確認する。

都市部の中央に居座る青い八面体は、サーチライトの光を浴びて、まるで宝石のように輝いている。

だが、その宝石の放つ光は危険過ぎる煌きだ。

ラミエルの加粒子砲が大気を焼く。

大きく飛び上がった初号機の着地点を狙ってチャージしていたのだろう。

初号機は、着地と同時に光の壁のように目の前に迫る加粒子砲を、

「ちいぃ!」

即座に右へと飛びのいてかわす。

が、

『掃射!?』

リツコの悲鳴のような声が上がる。

中央部のスリットを光芒が横にすべる。

それは初号機を追う動きだ。

「ぐ……! そんなことできたのかよ!?」

姿勢が崩れることにかまわず、転がるような動きでさらに距離をとる。

「だらぁ!」

そして、光芒が消えると同時に走り出す。

一瞬で音速の一歩手前まで加速するが、

「ちっ!」

さらに右に飛びのいたところで、初号機のいた地点に加粒子砲が着弾した。

そして、二度三度と間髪をいれずに初号機を狙った光が放たれる。

(『福音』! リジェクション・シールドA.T.フィールド!)

(はい!)

答える『福音』の声と共に初号機の左手を覆うような形でA.T.フィールドの楯が顕現する。

「さらにチャージの時間が短くなってないですか!?」

『自己進化ね。やはり自身による機能増幅が可能なんだわ!』

シンジの疑問に対し、リツコの分析が入る。

「照準まだ!?」

放たれた低出力の加粒子砲を紅く輝く光の楯ではじきながら、シンジが叫んだ。

『もう少しだ! がんばってくれ!』

日向の声にも焦りが混じる。




○○○




「まだなの!?」

「目標の加粒子砲で周辺の大気が安定しません! もう少しです!」

ミサトの声にMAGI担当のオペレーターが悲鳴のような声を出す。

ラミエルの放つ加粒子砲によって、周辺の気温や磁場が安定しないのだ。

「もう少しって何時よ!」

「もう少しはもう少しです!!」

オペレーターがいらいらしながら言い返す。

その間も目と手はめまぐるしく動きながら、状況の変化をMAGIへと伝えている。

「誤差修正完了! 発射まで後15秒!」

その報告ににやりと笑うと、ミサトは陽電子砲の発射ボタンへと手を伸ばす。

「了解! カウントダウン、9…8…7…6…」

作戦部のオペレーターがカウントを開始する。

(いよいよこの瞬間が……!)

ミサトが暗い笑みを深くする。

『目標内に高エネルギー反応!』

何度目かの発令所からの報告。

(ふん、初号機狙いなんでしょ。こっちには関係ないわ)

関係ないはずがないのだが、ミサトの頭にあるのは、自らの手で使徒を倒すことだけ。

「3…2…1…」

そして、ミサトがボタンを押そうとした瞬間、

『レイ!!』

悲鳴じみたシンジの叫びと共に、ラミエルから放たれた光芒が双子山を襲った。




○○○




『目標内に高エネルギー反応!』

発令所からの報告を聴いた瞬間、シンジはラミエルへと駆け出した。

発射間隔の短い連射砲撃と、少々チャージに時間をかけて出力と射撃時間を上げた掃射という二つの攻撃パターンによるコンビネーションをかわし続けたために、いつの間にかかなりの距離が開いていた。

そして、今回はかなりチャージに時間をかけている様子。

次の砲撃はかなり強力なものとなる、とシンジは予想する。

そして、その光が向いている方向を見て、シンジははっとした。

「レイ!」

彼が気付くと同時に特大の加粒子砲が放たれる。

初号機から見て右方向、陽電子砲とエヴァ零号機のある双子山の方向へ。




○○○




轟音と振動が指揮車を……

「え?」

襲わなかった。

「レイちゃん!」

ユーフォリアが声を上げる。

指揮車のスクリーンには陽電子砲を護る零号機の背中が映っていた。

「く! 死ね!」

「あ、待ってください!!」

オペレーターの制止を無視して、ミサトが発射ボタンを押し込む。

スクリーンの中で陽電子砲が光を放つ。

しかし、放たれた光は発射直後から大きくそれてラミエルから離れた山へと着弾する。

「な、何でよ!?」

叫ぶミサトだが、

「待てって言ったでしょう!? 敵の加粒子砲がこっちに来たせいで、またパラメーターが変わってるんですよ!?」

「そんな……!」

『いいから急げ! 再充電! 目標の次の攻撃が、初号機に行ったらどうしようもなくなるぞ!?』

「り、了解!」

ミサトに食って掛かろうとしたオペレーターだったが、スピーカーから聞こえてきた日向の声に我に返る。

「く……!」

猛然と二射目の準備を開始するオペレーターたちを他所に、ミサトは唇を噛む。

(何で……どうしてよ!? どうして私の手で復讐できないの!?)

スクリーンを睨みつけるミサトを他所に、ユーフォリアは指揮車を飛び出す。

ミサトはもちろん、準備に集中しているオペレーターは誰も気付かなかった。




○○○




飛び出したユーフォリアだったが、周囲の気温がかなり上昇していることに気付く。

常人であれば五分と耐えられないであろう気温のなか、瞬時に氷のマナをまとって自身を保護するが、この砲撃を直接受けている零号機のことを考えて、ぞっとする。

「レイちゃん! ……助けてゆーくん!」

(まかせて!)

ユーフォリアの呼びかけに応えて、瞬時に『悠久』が顕現する。

(少しでも、助けになれば……!)

(ユーフィ!)

(うん!)

言葉と同時、右手に杖を構え、左手を地面にかざすと足元に精霊光オーラフォトンの魔方陣が浮かび上がる。

エターナルたる悠久のユーフォリアの全力。

できうる限り自分たちエターナルは力を貸さない、という行動指針は、目の前のレイの危機に吹き飛んでいた。

「マナよ! 命の根源たるマナよ! 支配者たる神剣の主に応えよ!」

ユーフォリアの声に応じるように周囲のマナが魔方陣へと収束していく。

「オーラへと変わりて我が友の厄災を祓う楯となれ! レジストォ!!!」

無色のマナが白きマナへと変わり“抵抗”の意味を付加されたオーラへと変わる。

魔方陣から吹き出したそれは、周囲を満たし、零号機を包んだ。




○○○




シンジの声に反応したレイは、何とか陽電子砲の前に出ることに成功した。

SSTOの底部を元にした楯を前面に立てつつ、A.T.フィールドを展開する。

楯単体では17秒といわれた耐久時間は、A.T.フィールドの併用でかなり延びている。

が、しかし、

「くぅ……!」

『拒絶』のオーラの楯であるA.T.フィールド。

その制御方法はマナを操る訓練のなかで身に着けたものの、未だに極度の集中を必要とする。

(……シンジ君!)

自分が倒れれば、この砲撃はシンジへと向かう。

(……ユーフィさん!)

自分が倒れれば、その後ろにいるユーフォリアがこの熱と光にさらされる。

「……くっ」

自分は何のためにいるのか。

そう、シンジたちの力になるため。自分はそう決意したはず。

猛烈な光にさらされながら、敵から目を離すことはしない。

崩れそうになる膝に力を入れて、耐える。


『レイ!!』

『レイちゃん! 大丈夫!?』


スピーカーから聞こえる二人の姉の声。

彼女たちを護るためにも、ここでくじけるわけにはいかない。

と、さわやかな風のような気配を感じる。

鉄をも蒸発させるような高熱の中にあって不思議な暖かさを感じるそれは、

「……オーラ?」

“意味”を付加したマナを纏うことで様々な効果を発揮する、白のマナが得意とする技“オーラ”

かすかだが、確かにそれは零号機のA.T.フィールドの力を増し、加粒子砲の熱を削ぐ。

「ユーフィ、さん……」

背後から、確かに感じるその気配。神剣――『悠久』の気配。

たとえ、エターナルの力とは言え、この出力に抗するには微々たるものだ。

だが、

「そうよ。彼女も私の、私たちの友達」

その暖かさはレイの意思に力を与える。

そして、レイの意思は零号機へと伝わり、



――――――――――!!!!



その声なき咆哮はレイの耳以外には届かなかったが、

「そう、うれしいのね……もう少し、がんばれる? ……そう、ありがとう」

レイは零号機と心を合わせる。

「フィールド、全開……! マナよ、応えて……!!」

レイと、零号機が力を振り絞る。

(ここをしのげばシンジ君が、倒してくれる!)

零号機のフィールドがわずかに加粒子砲を押し返し始めた。

「まだ、がんばれる……!」




○○○




「うおおぉぉぉぉおおぉあああああ!!!」

もはや絶叫。

シンジは絶叫を上げながら初号機をラミエルへと向かわせる。

その視界の中、零号機が光芒を防いでいる。


『再充電完了まであと10秒!』

『いいから早く照準作業しろ! 充電完了を待たなくてもいいから!!』

『もう楯が持たない!』


発令所の喧騒をBGMに、走りながらプログナイフを装備。

周囲のマナをオーラフォトンへと変えて、ナイフへと収束させる。


『初号機、プログナイフを装備! また、発光現象!?』

『今そんなの気にしてる場合か!』

『零号機、フィールド出力上昇! シンクロ率も上昇! これは……78.3%!』

『何ですって!?』


リツコの驚愕がプラグ内に響く。

大きく映るラミエルの脇に、小さく開いたウインドウに零号機が映る。

確かに、そのフィールドが少しずつ加粒子砲を押し返そうとしている。

それを見たシンジの顔に笑みが浮かぶ。

「ふふ……ぅうああああああああ!!」

バキン、という音が聞こえた。



ルゥウオオォォオオオオ!!!!



シンジの叫びに応えるように、口の拘束を引きちぎった初号機もまた雄たけびをあげる。

同時に大きな力の発現を示す魔方陣が足元に展開される。


『な……!?』

『し、初号機、顎部ジョイント破損!』

『シンクロ率、87.4%に上昇!』

『足元の光は、何?』


レイが、零号機ががんばっている。

その生まれに傷つきながら、やっと本当の家族というものを掴み始めた少女が。

シンジたちの力になりたいと決意してくれた、あの健気な少女が必死に戦っている。

それに応えなくてどうするのか!


(『福音』!)

(シンジ!)


もはや言葉でかわす意志はない。

やるべきことは分かっている。

この手で、敵を打ち砕くのみ。


「はっ!」


右足を踏み込むと同時、足元に展開していた魔方陣がその下へと収束し、オーラフォトンを爆裂させる。

ひざのバネとその爆裂の勢いでさらに速度を増し、精霊光の尾を引いてミサイルのようにラミエルへと突っ込む。

伸ばした右手、その手に握ったナイフの先端に初号機のパワーとスピードの全てが集中する。



―――――――――――!!!!



それは、千枚のガラスを一斉に砕いたかのような音だった。

澄んだ轟音を立てて、ラミエルのスリットの少し上、宝石のような外皮を砕き、初号機の右手が肩までもぐりこむ。

そして、


「オーラフォトン――――ブレェエードォッ!!!!!!」


シンジの叫びと同時、ラミエルが放っていた光芒が消え、



ギィイイン!!!!



初号機の右手がもぐりこんだ部分のちょうど反対側から、硬質な表皮を断ち割って光が伸びる。

「ああああああああぁあああぁあ!!!」

初号機がその右手を振り上げると、それに呼応するように光が動き、ラミエルを半ばから両断した。

同時に初号機は地を蹴って距離をとる。

その右手のプログナイフから伸びる光の帯。

ラミエルの光芒が持つ凶暴な煌きとは違い、いっそ柔らかとすら表現できる穏やかな光。

しかし、その光こそがラミエルを貫き、両断した光の刃なのだ!

「はああああああああああ!!!」

両手で握り直したそれを腰だめに構えて横薙ぎに振りぬく。

距離をとったために届かないはずのその光は、振った瞬間に大きく伸びた。

その光は上半分を左右に断ち割られた青く輝く八面体を、今度は上下に分断した。

そして、シンジは自身の手にする光の剣が、確かにラミエルのコアを砕くのを感じた。

「ふううううぅぅぅぅ……」

シンジは大きくため息をついて、体から力を抜く。

同時にプログナイフから輝きが消え、光の帯も霧散する。

初号機は、そのまま力尽きるように片膝をつく。

(……『福音』 お願い)

(はい……ラミエルのコアに干渉……欠片を回収)

『福音』の意思が返ってくると同時、分断されたラミエルの体が金色の光へと変わり、そのまま霧散する。

そのなかから一筋の光が初号機へと消えた。

そして、


『……初号機、活動限界』


スピーカーから聞こえた呆然としたマヤの声と同時にプラグ内の照明が落ちる。

「……つかれた」

(私もです)

一人と一振りはその意識のなかでため息をつき、笑いあった。

『お疲れさん、よくやったなシンジ』

『……ん』

「今日はほんとに疲れました」

スピーカーから聞こえたユウトとアセリアの声に苦笑しながら答えた。

その数秒後、



――――――――――――!!!!



スピーカーから発令所の歓声があふれた。

「……うるせ」




○○○




「レイちゃん!!」

ユーフォリアは『悠久』をもったまま、常人の域を遥かに超えて大きくジャンプすると、零号機の膝・腕を経由して零号機の肩へとたどり着く。

「ええっと……!」

と、まごまごしているうちに、背中の装甲が外れて首の後ろからエントリープラグがイジェクトされる。

プラグはLCLを排出すると、上部をスライドさせる。

ユーフォリアはそれを待つのももどかしく、肩からプラグにジャンプする。

「レイちゃん!」

プラグから顔を出そうとしていたレイは、上から降ってきたユーフォリアにそのまま抱きしめられた。

「ユーフィさん……」

LCLで服がぬれるのもかまわずに強く抱きしめるユーフォリアを、レイはそっと抱きしめ返すと、

「ありがとう、心配してくれて」

とささやいた。

それを聞いたユーフォリアは、もう一度力をこめてレイを抱きしめると、体を離し、

「ううん、レイちゃんが無事でよかった!」

そう言って泣き笑いのような表情を浮かべた。

「あなたもありがとう、零号機」

レイの言葉に答えるものは無かったが、

「……そう、疲れたのね……おやすみなさい」

レイ自身には零号機の意思が届いた。

「レイちゃんも疲れたでしょう? 早く帰ろう」

そう言ってユーフォリアは手にあった『悠久』を消すと、レイを横抱きに抱きかかえ、

「ゆ、ユーフィさん?」

「しっかりつかまっててね」

戸惑うレイににこりと微笑むと、

「ほいっ」

「きゃぁあああ!」

エントリープラグから飛び降りた。

ユーフォリアは危なげなく着地すると、

「お疲れ様」

レイに満面の笑みで微笑んで見せた。

一瞬呆気に取られたレイだったが、ユーフォリアの手から降りると、やわらかな月の光のような笑みを浮かべた。

それは『前史』においてシンジが見た笑みよりも、さらに美しいものだった。

街の灯りはまだ戻らない。

ただ月の光だけが、微笑み合う二人の少女を照らしていた。