第十五話


前にも述べたが高嶺邸の朝は早い。

それはそこに住む人間が一人増えても変わらなかった。

「ごはんだよ〜!!」

何時ものようにシンジの声が邸内に響くと食堂に一同が集結する。

「おはよう」

「おはようございます、皆さまぁ」

朝食の準備をしていたシンジとカオリ。

「……おはようございます」

「おす!」

「ん」

庭で訓練していたレイ、ユウト、アセリア。

「おはよう」

リビングで新聞を広げていたリツコ。

「おはよ〜!」

ぎりぎりまで寝ているくせに、呼ばれた時点ではきちんと身なりを整えているユーフォリア。

そして、

「……おふぁよぅ……ふぁ……」



パジャマのまま眠い目をこすって現れたのは、新たな住人――シンジの母である碇ユイだ。

この家に住むようになってわずか3日で彼女はユーフォリアからネボスケの称号を奪い取った。全く自慢できることではないが。

彼女の表向きの立場は、ユウトの義理の母(ユウト自身セカンドインパクト孤児で養子になった、という設定らしい)にしてシンジの育ての母、高嶺ユイコ、ということになってる。

が、あくまで表向き。名前も通称ということで『ユイ』で通すことになっているし、シンジは『母さん』レイは『お母さん』と呼んでいる。

「おはよう、母さん。顔ぐらい洗ってきなよ」

「ふぁ〜い……」

シンジの苦笑しながらの言葉に、あくびをしながら返事を返すユイ。

食堂に集まった面々もそれを苦笑しながら眺めていた。

「改めておはよう、みんな。待たせてごめんなさいね」

顔を洗いきちんと目を覚ましたユイが食堂に戻ってくると、全員が椅子に座って待っていた。

あわててユイが席につくと、カオリがご飯と味噌汁をよそってくれる。

今日の朝食は和食だ。白いご飯にわかめと豆腐の味噌汁、塩鮭と漬物、出汁巻き卵、納豆。

「ありがとう」

「いえ」

というやり取りがあって、

「それじゃあ、いただきます」

「「「「「「「いただきます」」」」」」」

シンジの号令に残る七人の声が唱和する。

この家で建前上一番立場が上なのは碇の本家筋に当たるシンジだ。次いで碇の分家・高嶺の当主であるユウト、その母(ということになっている)ユイ、妻のアセリア、義妹(本当は実娘なのだが)のユーフォリアと続き、客分であるリツコとレイが入って、最後に使用人のカオリという序列になる。

もっともそんなことを気にしている人間はカオリしかいない。その彼女も、シンジたちの求めに応じて食事を一緒に摂っている(最初は『使用人が主と食卓を共にするなんてとんでもございませんわ〜』と言っていた)。


「アスカちゃんの様子はどうなんだ?」

ご飯を飲み込んでから、ユウトは誰とも無く尋ねる。

彼にとって見れば、アスカはシンジを除けば『前史』――滅んだ未来の世界で見た唯一の人間だ。

その時にはすでに息を引き取っていたが、その彼女がこの世界でどう生きているのかが気になるのは当然ともいえる。

「大分打ち解けてますよ。『前史』とは違って」

「可愛いし、元気だし、いい娘だよ? ちょっと意地っ張りだけど」

「絆を結んだ……彼女はもう友達」

シンジ、ユーフォリア、レイが三者三様な答えを返す。

「そうか」

少しだけ安心したようにユウトは頷いた。

彼の頭に浮かんだのは未来で見た彼女の姿。光のない瞳とぼろぼろの体。

彼女の存在は象徴的だ、とユウトは思う。

あの紅い世界で死んでいったアスカと、今この世界に生きているアスカ。

彼女が明るく、元気なままでいることができたなら、それはきっと――

(俺たちの勝利だ)

す、とユウトの手に触れるモノがあった。

「アセリア?」

「ん」

ただ頷くアセリア。その手はユウトのそれに重ねられている。

「私もがんばる。シンジもユーフィも。レイもリツコも皆がんばる。だから」

「大丈夫、だろ?」

そう言って笑い、重ねられている手を握る。

見つめあう二人。

そして、

「仲がいいのも、ユウトさんがどういう思考をたどったかも、それをアセリアさんが正確にトレースしたのもよーく分かりましたけど、朝っぱらからピンク色な雰囲気を振りまかないでください」

シンジがそのいい雰囲気を台無しにした。

「ああ〜だめだよシン君! いいところだったのに!」

「そうよシンジ!」

すかさずユーフォリアとユイの茶々が飛ぶ。

「いいだろ別に。夫婦なんだから!」

「? 何かいけなかったのか?」

照れくさそうにそっぽを向くユウトと本気で不思議そうなアセリア。

食堂の中に笑顔があふれた。




○○○




「Helloシンジ〜♪ Guter Morgen!」

「おはよう、アスカ」

何時ものようにヒカリとトウジを加えた一行にアスカが合流する。

これもアスカが来日して以降、日常となりつつあった。

「レイもオハヨ!」

「おはよう、アスカ」

「私には挨拶は無いの?」

「そんなこと無いわよ。おはよう、ヒカリ」

「私は私は〜?」

「ユーフィも、おはよう」

「……ワイにはないんかい」

「あ〜、はいはい、ジャージもおはよう」

「誰がジャージや!?」

アスカは朝のシンジの言葉の通り、すっかり打ち解けているようだった。


「ねぇ、アスカ」

「何?」

並んで歩くアスカにシンジは話しかける。

「洞木さんとトウジにも聞いてほしいんだけど、アスカの歓迎会をしようと思うんだ」

「歓迎会?」

「いいわね、それ!」

聞き返すトウジとすぐさま同意するヒカリ。

主賓であるところアスカは、

「歓迎会!? ホントに!?」

すごく嬉しそうだった。

「皆の都合が良ければ、今週末にでもと思うんだけど?」

「私は大丈夫」

「美味いモンが食えるんやったら反対なんぞせんわい!」

「それじゃ、そういうことで。今日の昼休みにでも役割分担をしよう」

「ええ」

「了解や」

「ユーフィとレイも手伝ってね」

「うん!」

「問題ないわ」

頷く四人を確認すると、シンジはアスカへと向き直り、

「アスカは当日のお楽しみ、ね?」

と微笑んだ。

「う……わ、分かったわ。期待してるから半端なパーティにするんじゃないわよ!?」

アスカは一瞬頬を染め、それを隠すようにそっぽを向いた。




○○○




リツコはNERV本部内の自分の執務室で端末に向かっていた。

そばにはマヤの姿もある。

彼らが行っているのは近接戦用兵器の設計である。

それは、第四使徒戦においてパレットライフルが全く役に立たなかったことを受けて急務となっていた。

リツコとマヤにはユイのサルベージという表に出せない仕事があったため、なかなか進んでいなかったのだが、先ごろようやく一通りのデータ解析が終わり、こちらの仕事にも精を出していた。

元から計画のあったプログナイフの発展系ともいえるスマッシュホーク・ソニックグレイブは先ごろロールアウトを果たした。

それに対し、現在開発を行っているのは、シンジから要請のあった武器である。

曰く、

「僕、剣のほうが得意なんですよね。だから、エヴァ用の剣、造ってもらえません?」

シンジのパートナーたる第五位永遠神剣『福音』は直刀型の神剣だ。

当然、ユウトがシンジに仕込んだ戦闘術も刀剣を用いたものがメインになる。

プログナイフを刀剣型にした開発名アクティブソードの計画もあったのだが、刀身が振動に耐え切れない(プログナイフを始めとするエヴァ用の白兵戦兵器は刀身を振動させることによって触れたものを分子レベルで切断する、いわゆる振動剣ヴィヴロブレードの類だ)ため頓挫していた。

そのことをシンジに伝えると、

「別に振動させる必要はないでしょ? 僕らにはオーラフォトンがあるんだし……」

との返事。

彼から出された条件は二つ。

一つは刀剣、というよりも『福音』の形をしていること。また、エヴァの大きさに合わせて『福音』の形、重さ、重心の位置などをできる限り再現して欲しい。

そしてもう一つは、とにかく頑丈であること。エヴァの膂力で振り回しても大丈夫なように、硬く、しなやかに作って欲しい。

はっきり言って難しい。難しいが、アクティブソードよりもはるかに楽である。

そして『福音』のデータ収集から始まったリツコの作業は、ひとまず完了した。

「終わったわ」

「お疲れ様です、先輩」

リツコをねぎらうマヤ。

リツコが見ている端末にはシンジからの要望に応えたエヴァ用の刀剣型兵装の設計図が描かれている。

材質の目処も立ったし、あとはこれを実際に作るのは下位の技術部職員――いわば職人の仕事となる。

「でも、これだけの大きさの物ですから、完成までにどれくらいかかるでしょうか?」

「そうね……一月か、二月ってところでしょうね。まぁ、しょうがないわ」

人の身の限界という奴よ、とリツコは苦笑した。

「多分、次の使徒には……」

間に合いませんね、とマヤが言おうとしたその時だった。

執務室の中に、そして恐らくは本部内全体に響く警報音。

「言ってるそばからおいでなさったようね」

言いながらリツコは立ち上がる。

「いくわよ、マヤ!」

「はい!」

二人は発令所へと駆け出した。




○○○




(そう言えばこいつが来るんだったっけ)

まずったなぁ、とシンジは思う。

アスカの歓迎会を企画したは良いものの、イスラフェルがやってくるのをすっかり忘れていた。

(ちょっと緩んでるかなぁ……反省しなきゃ)

決意も目的もしっかりと己のうちにはある。だが『前史』の、特に使徒戦が後半に入るくらいからの生活は苦痛でしかなかったのに比べ、現在の家族と友人に囲まれた暮らしはとても楽しいのだ。戦の中にいることを忘れるほどに。

少しばかりはしゃぎすぎたか、とシンジが反省していた。

『第五使徒との戦闘によって受けた第三新東京市の迎撃システムのダメージは大きいわ。復旧率は25.6%。実戦における稼働率はほぼゼロ……』

ミサトの真剣な声がプラグ内のスピーカーから聞こえて来る。

シンジは思考を止めてその声に耳を傾けるが、

『よって、今回の作戦は上陸目前の目標を水際で一気に叩く!』

(また行き当たりばったりな……)

心の中でため息をつきながら、シンジはウインドウに映っているミサトを見やった。

現在シンジたちは初号機にエントリーし、空中輸送用のF型装備によって移動中だった。

シンジの目の前にはウインドウが二つ。それぞれミサトとアスカが映っている。

アスカはシンジと同じく弐号機に乗り込んで初号機の横を飛んでいるはずである。

ミサトは前々回の第五使徒戦時と同じく、移動指揮車を引っ張り出してきてそれに乗り込んでいた。

シンジはやれやれと頭を振る。

データリンクができているならば、発令所からでも問題なく指揮ができるはずなのだが、何故わざわざ前線に出てくるのだろうか?

(多分、口出しされたくないんだろうな)

今回は第三新東京が戦場となるわけではないため、ユウトたちへの連絡が若干遅れている。

ミサトは、その間にさっさとこの「行き当たりばったり水際防衛作戦」を決定して指揮車に乗り込んだのだった。

『初号機及び弐号機は交互に波状攻撃。近接戦闘で行くわよ』

(だから、それじゃあ作戦とは言えないだろうに)

と一瞬思うが、今回は仕方ないか、と考え直す。

第三新東京外での戦闘という事は、戦力はエヴァのみ。他の支援は一切無しだ。

となれば、恐らくは牽制にしか使えない飛び道具類を使うよりは、二体で近接戦闘というのも一つの正解だろう。

本来なら国連軍でも戦自でも協力を要請すべきなのだろうが、NERVにそれができるとは思えない。

それにしても、事前情報の一つも無いのは明らかに問題があると思うシンジであった。

『了解』

アスカが返事をする。

『サー……シンジ君、分かった?』

「了解」

いい加減慣れろよなぁ、などと考えながら、シンジも返事をした。

どうもリツコあたりから突込みがあったらしい。

『彼はサードチルドレンと呼ばれることを嫌うわ。言うこと聞いて欲しいんなら、そういうことにも気をつけなさい』

最初は渋ったものの、結局彼女はシンジを名前で呼ぶようになった。

未だに三回に一回は間違うが。

今回シンジは一応彼女に従うつもりでいる。

ごねれば、ミサトはアスカを強引に一人で戦わせるだろう。

下手をすれば、弐号機ごとN2で爆撃する可能性すらある。それは避けたかった。




○○○




しばらくして降下地点に到達した輸送機がエヴァ二機を投下。

難なく着地を果たした二機は準備されていたアンビリカルケーブルを装着する。

それと同時、

「お出でなさったようだね」

呟くシンジの視界の先、巨大な水柱が上がる。

その中から現れたのは巨大な人型。同じく人型であった第三使徒に比べてやや背が低く、横幅が広いように感じる。

滑らかな外皮の中央に太極図のようなパーツとその下には紅く光るコア。

大きく腕にあたる部分を横に広げたそのシルエットはやじろべえのようにも見える。

「音楽を司る天使」第七使徒、イスラフェルである。

『準備はいい?』

「いつでも」

『私が先に仕掛けるわ』

「わかった」

弐号機・初号機の手にあるのは、それぞれ薙刀型のソニックグレイブと、斧型のスマッシュホーク。

「いいかい、波状攻撃だ。一撃離脱を交互に繰り返すんだ」

『分かってるわよ!』

叫ぶように返事をしたアスカ。

同時に弐号機はジャンプを繰り返しながらイスラフェルへと近付いていく。

シンジも初号機を弐号機の後ろにつける。弐号機の離脱後、すぐに攻撃を仕掛けるためだ。

あと二歩、というところで弐号機は力強く踏み切った。

『たあああああああああああ!!』

怒声を上げながら大きく跳躍した弐号機は、手にした薙刀を振り下ろす。

エヴァの腕力に落下の勢いをプラスされたその斬撃は、狙い違わずイスラフェルの脳天を直撃する。

そして、

『へ?』

『ナイスよ、アスカ!』

気の抜けたようなアスカの声と嬉しそうに叫ぶミサトの声。

弐号機の持つソニックグレイブの刃は、海から現れたやじろべえを真っ二つにしていた。

『これで終わり? あっけないわね』

拍子抜けしたようなアスカだが、

「アスカ! 早く下がれ!!」

『え!? 何よ急に?』

緊張を崩さないシンジの言葉に、戸惑いながらも真っ二つになったイスラフェルから距離をとる。

『どうしたの? シンジ君?』

スピーカーからミサトの問いに、

「まだ、死んでない!」

『! そうか、死体が消えてないし、パターン青も消えてない!!』

気付いたようにアスカが叫ぶ。

今までの使徒は倒したあと、全てからだが消滅している。

これはシンジがコアから神剣の欠片を回収しているためなのだが、NERVでは原因不明であるものの『そういうものだ』と認知されていた。

そこに、

『シンジ君の言うとおりです。パターン青いまだ健在!』

発令所から青葉の声が響く。

『そんな、まさか』

などと呟くミサトを他所に、シンジとアスカは距離をとってイスラフェルをにらむ。

その視界の中で二つになった目標がうごめく。

『何てインチキ!?』

『常識はずれね……』

叫ぶミサトと呆れたように呟くアスカ。

彼らの見つめる中、二つに肉塊が脱皮をするように変質し、それぞれコアと仮面が表皮を割るようにして現れる。

背中合わせに立つその姿はまるで合わせ鏡のよう。

「最初から分かってたことだよ。僕らの敵に常識なんて通用しない」

シンジはそう言った。

イスラフェルは分裂していた。『前史』の記憶どおりに。




○○○




『本日午前10時28分15秒、目標は弐号機の攻撃を受け二体に分裂』

暗闇に響くマヤの声。スクリーンには、薙刀を振り下ろす弐号機のスライドとその後分裂した二体の使徒のスライド。

「何でもありだな、使徒って奴は」

ぽつりと日向の声が響く。

『直ちに作戦部長の指示により、初号機及び弐号機は、それぞれ目標甲・目標乙との近接戦闘を開始』

スマッシュホークとソニックグレイブを手に、それぞれの敵を相手取る二機。

『同30分50秒、目標の驚異的な復元能力が発現』

腕を落とそうが仮面を切り裂こうがコアを貫こうがすぐさま復元するイスラフェルの映像が流れる。

『35分02秒、目標甲・乙が互いの体を相互補完している可能性を初号機パイロットが示唆。MAGIもこれを支持』

「よく気がついたね」

「いえ、なんとなく、だったんですけど」

青葉の感心するような声と照れくさそうなシンジの声。

もっともシンジにしてみれば、知っていたことである。自慢する気にもなれなければ、この場で倒せなかった自分の力の無さを恥じるだけだ。

少しだけ間をおいて、マヤは続ける。

『同40秒、作戦部長の指示によりエヴァ二機は目標甲・乙に対し同一部位への同調攻撃を開始』

タイミングを合わせて攻撃を仕掛ける二機のスライドが映る。

『ある程度の効果は認められたものの、殲滅には至らず。この件に関する技術部長の発言です』

『恐らくは、微妙なタイミングのずれが原因ね』

録音であろうリツコの声が響く。

「そう簡単にはいかないか」

「ん」

ユウトの発言にうなずくアセリア。

『同38分16秒、現段階での殲滅は不可能と判断。エヴァ二機は目標を海上へ投擲。国連軍へ指揮権を譲渡』

イスラフェルを投げ飛ばす初号機と弐号機のスライド。

『52分45秒、N2爆雷による攻撃』

飛んでくる爆撃機と、爆発する海。

『これにより目標の構成物質の28%の焼却に成功』

表面のただれた二体のイスラフェルが映る。

「死んでるの?」

「死んでないよ」

アスカの言葉を否定するシンジ。

「所詮は足止めに過ぎん。再度侵攻は時間の問題だ」

シンジの言葉を補足するような冬月の発言を合図にするように室内に明かりが灯る。

NERV本部内にある多目的室の一つ。その内装は備え付けのイスと机が並ぶそこは大学の教室のようだ。

最前列にプラグスーツのままのシンジとアスカ。その右側にユウトとアセリアが陣取っている。

その後ろには加持が座り、二列ほど後ろに青葉と日向が並んでいる。

最後列の右端にはスライドを操作していたマヤとその横にレイ。

そして、最後列の中央には何時ものように腕を組んで口元を隠すゲンドウとその後ろに突っ立っている冬月だ。

「パイロット両名。君たちの仕事は何だ?」

ゲンドウが低い声を発する。

「エヴァの操縦?」

自信無さげに答えるアスカ。

「違う!」

ゲンドウは大きな声でそれを否定する。

アスカは一瞬、びくっと反応する。

「君たちの仕事は使徒を倒すことだ。我々はこのような醜態を晒すために存在しているわけではない」

そう言って立ち上がる。そのまま去ろうとするゲンドウを、

「違う」

と遮ったのはシンジだった。

「使徒殲滅はあんたらの仕事でしょう。他人に押し付けないで欲しい」

「……なに?」

振り返ってシンジを睨むゲンドウ。

「使徒殲滅が僕らの仕事だというのなら、作戦部は何のために存在しているんですか?」

「…………」

「大体、僕はNERVに所属していない。あくまで協力者だ」

善意の協力者に責任を押し付けるのか、とシンジは皮肉るように言った。

「独自の裁量で動けるシンジやレイならともかく、アスカちゃんは命令に従うことが求められてる。それならアスカちゃんの仕事はエヴァの操縦だ。都合の悪い部分だけ子供に責任を押し付けるな」

さらに、シンジの言葉に続けるようにユウトが発言した。

それに、とユウトは続ける。

「今回の行動の、どの辺りが醜態だって言うんだ?」

「……現に使徒殲滅に失敗している」

ゲンドウの返事にはぁ、とため息をつくユウト。

あのな、と前置いて、

「正体不明の敵相手に準備もほとんど無く戦って、相手の特殊能力が発現したものの、こちらの損害はほぼゼロ。さらに足止めに成功して時間も稼げた。何が不満なんだ?」

「使徒殲滅は我々の仕事だ」

これにはシンジが答える。

「自分たちだけで何でもやれるなんて思い上がりもはなはだしい。NERVだけでできるというのなら、僕もレイも使わずにやってみればいい」

「…………」

シンジを無言でにらみつけるが、結局何も言わずにゲンドウは去っていった。

「やれやれ、あいつはわがまま言ってる子供か」

「そうですね。自分の思い通りにいかないことが気に入らなくて、自分より立場の弱い者に八つ当たりしてるわけですからね」

呆れた様子で話をするシンジとユウト。アセリアも頷いて同意を示す。

「……アンタ、怖くないの?」

そんなシンジにアスカは恐る恐るといった感じで尋ねるが、

「怖い? 僕が? あの臆病者を? ……なんで?」

心底不思議そうに逆に聞き返されて面食らう。

「え、だって……って言うか臆病者? 司令が?」

「そうだよ。あの男は対人恐怖症なのさ。だからサングラスをかけて視線を隠し、腕を組んで表情を隠して自分の考えが読まれないようにしている」

「ま、まじで?」

「そうだよ。あの強面と髭で周りを威圧してるわけだけど、それにさえ惑わされなかったら、あいつの威圧感なんて張りぼてもいいところさ」

シンジの言葉に、アスカも呆れる。

もしその話が本当なら、さっき一瞬とはいえ怯えてしまった自分が情けない。

「し、シンジ君、司令は君のお父さんじゃなかったのかい? それをそんなふうに……」

ゲンドウをそこまでこき下ろせるシンジをむしろ畏怖するような表情で加持が言いかけるが、

「アレはもう僕の父親でもなければ碇の人間でもありません」

「そ、そうかい」

「え? 司令ってアンタのパパなの?」

「だから違うって。確かにあの男は僕の遺伝子提供者ではあるけどね。親ではないよ」

ため息をつきながらシンジは答える。

「なんか事情がありそうね……分かった、もう聞かないわ」

「ありがとう」

「でも、これだけ言わせてくれる?」

「なに?」

「似なくてよかったわね」

「…………」

「それだけは心底同意するね」

「ん」

無言のシンジに対し、ユウトとアセリアが同意を示す。

そして加持を除く全員が頷いていた。

「はぁ」


「じゃあ、俺たちは行くから」

そう言って日向たちオペレーター三人も部屋を出て行く。

「ええ。作戦立案よろしくお願いします」

「任せてくれ」

シンジの言葉に頷いて、日向たちは部屋を後にした。

「じゃ、俺も仕事に戻るかね」

それじゃ、と愛想笑いを残して加持も消える。

「さて、僕らも今日は休もう」

それを見送ると、シンジはアスカにそう言った。

「でも……」

まだ使徒がいるのに、と思うアスカだが、

「しっかり休むのも戦いを生業とするなら必要なことさ」

「ん……休息は大事」

ユウトとアセリアの言葉に頷いた。

「せっかくだから、今日はうちでご飯食べていかない?」

「いいの?」

「うちは大家族だからね。一人くらい増えたってかまわないさ」

「じゃあ、お邪魔するわ」

とアスカは笑顔で頷いた。