第十六話


「はあああぁ〜」

ミサトは目の前にうずたかく積み上げられた始末書の山を見て盛大なため息を吐いた。

「何でこんなにあるのよ〜」

ぼやいたところで仕事は減らない。

「私にはあいつを倒す作戦を考えるっていう重要な仕事があるのに〜!!」

などと叫んだところで、

「それならもう決まってますよ?」

という日向の声が届いた。

「は!?」

見れば大量の書類を抱えた日向がドアの向こうに立っている。

「何それ、どういうことよ日向君!?」

詰め寄るミサトを華麗にかわして、日向は室内に入ると、追加の書類を“ドンッ!!”と机の上に乗せ、

「ですから、作戦はほぼ決定しています」

日向は説明する。

先の戦闘において、目標甲・乙はそれぞれの体を相互に補完しており、片方に攻撃を加えても無意味であり、目標にダメージを加えるには同一部位に同時に攻撃を加える必要があることが判明している。そして、攻撃部位としてもっとも有効なのは使徒の機能中枢を担うと考えられている紅球――コアだ。

「よって、目標殲滅のために有効な作戦は“エヴァ二機によるタイミングを合わせたコアへのユニゾン攻撃”と考えられます」

「で、でも、具体的な内容とか……」

「そういうことを考えるためにわれわれ作戦部の職員がいるんです。全部葛城さんがやってしまうのなら、作戦部は葛城さん一人で十分ということになります」

食い下がるミサトを黙らせると、

「これらの書類も全て作戦部長の決済が必要なものです。葛城さんはこちらに集中してください」

では、と言い残して日向は去っていった。

その後、作戦部長室から奇声だか怪鳥音だかが聞こえてきたという話があるが、真実は定かではない。




○○○




結局その日のうちに一通りの作戦計画が出来上がり、日向はリツコとマヤの案内でシンジとアスカのいる高嶺邸を訪れた。

初対面のユイと日向の自己紹介や、あまりのユイの若さに日向が不審に思う一幕があったものの、リビングにて高嶺邸の何時ものメンバー+日向とマヤとアスカという総勢11人の面子が一堂に会した。

「ユニゾン、ですか?」

シンジの問いにああ、と日向は頷いて、

「第七使徒を相手取るのに最も効果的と思われる作戦は“エヴァ二機によるコアへのユニゾン攻撃”だ」

「理屈は分かります」

「でも、それだったらA.T.フィールドを中和しつつエヴァで使徒を押さえ込んで、そこにコアを狙った攻撃、とかでも良いんじゃない?」

頷くシンジだが、続くユーフォリアの発言に同意する。

「そうだね。僕らがユニゾンを訓練するよりも、そっちのほうが精度は高いんじゃないですか?」

「エヴァで倒さないって言うの?」

それに異を唱えたのはアスカだが、

「エヴァが使徒に対抗できるのはA.T.フィールドのおかげよ。逆に言えば、A.T.フィールドさえなければ通常兵器だって使徒に対抗できるわ」

必ずしもエヴァのみで戦わなければならないわけではないのよ、と続くユイの言葉に納得してしまう。

「そうか……重要なのは『使徒を倒す』ことって訳ね……そのために必ずしもエヴァは必要じゃない」

そう呟きながら少し落ち込んだ様子のアスカ。

「でも、現状A.T.フィールドを何とかするにはエヴァが必要だからね」

シンジはそう言いながら励ますような笑顔をアスカに送る。

アスカはそれに少しだけ微笑んで答えた。

「続けて良いかな?」

そんな子供たちの様子を見ながら、日向はすまなさそうに確認する。

全員が頷くのを待って、

「今、ユーフィちゃんやシンジ君が言った案も考えたんだが、たとえA.T.フィールドが無くても、使徒の外皮を貫くだけの攻撃を加えるのは難しい」

第四使徒のこともあるしね、と補足する。

「そこで、今回はエヴァ二機による近接ユニゾン攻撃をしようと思うんだ」

「つまり、先の戦闘でやった連携をもっと練習してからやろうってこと?」

「まぁ、平たく言えばそういうことだね」

尋ねるアスカに苦笑しながら日向は答えた。

「付け焼刃の連携でもある程度のダメージは与えられたみたいだし、うまくいく可能性は高いと考えられるわ」

「MAGIも賛意を示しています」

補足するように技術部コンビが言った。

「で、具体的には?」

「まず事前情報として、零号機が改修中の現在、使えるエヴァは初号機と弐号機のみ。よって今回の作戦はシンジ君とアスカちゃんにやってもらうことになる」

シンジの問いに日向の説明が再開される。

「MAGIの予想では使徒の再度侵攻は最短で五日後、最長でも一週間後には開始される。だから、二人には四日間で完璧なユニゾンをとってもらう必要がある」

確認するようにシンジとアスカを見つめる日向。二人は頷きで答える。

そこで少しだけ逡巡する様子を見せる日向は、

「二人には五日間共同生活をしてもらいつつ、曲に合わせた攻撃パターンを覚えこんでもらいたい」

と告げた。

数秒の沈黙。

やっぱり、と苦笑するシンジに対し、

「えええーーーーー!?」

アスカは悲鳴を上げる。

「し、シンジと共同生活!? そんな! え? でも…ええーー!?」

「アスカ、ちょっと落ち着いて」

何とかなだめようとするシンジに、落ち着けるわけ無いでしょー!? と食って掛かる。

混乱するアスカだが、その頬は妙に赤い。

「アスカちゃん」

そこに日向の声がかかる。

「なによ!?」

「君が嫌がるのは良くわかる」

「いや、別に嫌がってるわけじゃ……」

ポソリと呟いたアスカの声は誰の耳にも届かなかった。

「でも、現状で最も効果的と思われる作戦はこれなんだ。どうか、協力して欲しい」

アスカの呟きに気づかぬまま、日向はそう言って頭を下げる。

そんな様子を見て、アスカも幾分落ち着いたのか、

「……わかったわよ」

と答えた。

繰り返すがその頬は妙に赤い。ついでに言えばちらちらとシンジのほうを見るのだが、当のシンジは気付かない。

「ありがとう」

そんなアスカに日向は笑顔で礼を言った。

二人のやり取りを見つつ、シンジは本当に日向に感心していた。

『前史』において、同じ作戦を考えたミサトがとった手段は「説得」ではなく「命令」だった。

『今回』シンジに対する命令権が無いこともあるのだろうが、パイロットとは言えまだ14歳にもならない少女への配慮を嬉しく感じていた。

「シンジ君もかまわないかい?」

「え? ええ」

そんな思考をしていたために一瞬返事が遅れてしまったが、シンジも笑顔で答えた。

「一つ条件を出してもいいか?」

と、話がまとまりかけたところにそういったのはユウト。

「何だい?」

「共同生活の場にはここを使ってもらいたい」

「ここ?」

「この家さ」

あんたは信用できるみたいだがNERV自体は信用できない、とユウトは言った。

「多分本部内に生活する場所を用意してあると思うんだが……」

と視線で問えば、日向は頷きで答える。

それを確認して、

「シンジもアスカちゃんも、俺たちの目の届かないところに連れて行かれるのは御免だ」

と続けた。

「シンジ君はどうなんだい?」

「聞くまでも無いでしょ?」

日向はシンジの答えに、そうだね、と苦笑する。

「アスカちゃんは?」

「あ、アタシ? アタシは別にかまわないけど……」

と言いつつ、シンジと二人だけの生活を想像していたアスカは、ホッとした反面少し残念なのは彼女だけの秘密である。

「二人が良いなら、それで書類を通しておくよ」

という日向の言葉で、作戦計画は定まった。

「ふふ、楽しみね」

「そうでございますね」

と、ユイとカオリが笑いあう。

一応世界の命運をかける作戦会議だったのだが、のんびりとした二人だった。




○○○




「アスカ様、起きてくださいませ。アスカ様」

柔らかな声に揺り動かされてアスカは目を覚ました。

「ん〜……」

「アスカ様、良い朝ですよ?」

「……だぁれよ……」

寝ぼけたまま、起こしに来た人物を見やれば、栗色の髪のメイドの柔らかな微笑み。

「当家のメイド、白石カオリです」

「かおりぃ……? っと……」

頭を振って眠気をはらう。

そして思い出す。ここがどこで、何故自分がいるのか。

「そっか、シンジの家……」

「はい。シンジ様はもう起きておられますわ」

にっこりと微笑みながら、

「お客様に失礼とは存じますが、アスカ様はシンジ様と生活を共にされるのでしょう?」

「せ、生活を共にするって……」

間違いではないのだが、アスカはその表現が妙に生々しく感じて赤面する。

「着替えはご用意してありますので、お急ぎください」

当のカオリはそれに気付いた様子も無く、いつもののんびりとした口調で、アスカに着替えを渡すと部屋を後にした。

そしてアスカは出て行くカオリを見送って、

「着替えるか」

とベッドから勢いをつけて飛び起きる。

そうして、シンジとアスカのユニゾン訓練が始まった。




○○○




一日目。

「それじゃあ、早速やってみようか」

「はい」

「ええ」


 〜♪〜〜♪〜♪〜〜〜♪〜〜


「うん、初めてにしてはまぁまぁだけど」

「まだ、練度が低い、ですか?」

「そうだね」

「もう一回よ、シンジ!」

「わかった」



二日目。

「それじゃ、やってみようか」

「はい」

「ええ」


 〜♪〜〜♪〜♪〜〜〜♪〜〜


「うん、昨日よりは大分いいね」

「ま、アタシにかかればこれくらい……」

「でも、アスカちゃん」

「ん? 何よ?」

「もう少しシンジ君に合わせてくれるかい?」

「? アタシはちゃんとやってるわ。シンジが合わせればいいじゃない」

「そうじゃないよ、アスカ。この訓練はどちらに合わせる、じゃなくて、互いに合わせるよう努力することが大切なんだ」

「う……わかったわよ!」



三日目。

「センセ! 陣中見舞いに来たで」

「アスカも頑張ってる?」

「トウジ」

「ヒカリ〜!」

「話は聞いとるわ」

「どうなの、調子は?」

「じゃあ、見てもらうかい? シンジ君、アスカちゃん」

「かまいませんよ」

「望むところよ!」


 〜♪〜〜♪〜♪〜〜〜♪〜〜


「ほぉ〜! 大したもんやないか!」

「ホント! すごいわアスカも碇君も!」

「そうかな…?」

「当然よ!!」



四日目。

 〜♪〜〜♪〜♪〜〜〜♪〜〜


「うん、もう完璧だね」

「ま、アタシにかかれば当然よ!」

「後は体調を崩さないように注意しつつ、この状態を維持してくれ」

「はい」

「任せなさい!」




○○○




そして夜。決戦を明日に控え、早めに床に就いたアスカだったが、なんとなく目が冴えてしまった。

(……緊張してるのかしら?)

らしくない、と苦笑しながらも彼女はベッドを抜け出した。

時計を見れば、そろそろ二本の針が頂点で重なろうとしている。

(ミルクでももらおうかな……)

と思いながら部屋を出てキッチンを目指す。

それに、なんとなく思う。

(シンジがいるかも……)

それは予感と言うよりも確信だった。




○○○




「や、アスカ」

「シンジ」

予定調和のようにキッチンにはシンジが居た。

コンロの前に立ち、ゆっくりと火にかけられた鍋を揺らしている。

中に入っているのはミルクのようだ。そして、準備してあるカップは二つ。

「何してんのよ、こんな時間に……?」

「ちょっと、目が冴えてね」

アスカはキッチンのカウンターに腰を下ろす。

「アスカは……?」

「アタシも…目が冴えちゃって」

ゆっくりと言葉を交わす。

「それに……アンタがいるんじゃないかと思って」

その言葉に、シンジは少しだけ苦笑する。

「どうしたのよ?」

「僕も、アスカが来るんじゃないかなって思ってたから」

いいながらコンロの火を止め、鍋の中のミルクをカップに移す。

「飲むだろ?」

「……もらうわ」

シンジはアスカの右隣に腰掛けると、彼女の前に左手に持ったカップを置く。

アスカはそれに口をつけるでもなく、ゆっくりと両手で包み込むようにカップを持つ。

常夏の日本。特に冷えるというわけでもないのに、不思議と手の中の熱さが心地いい。

そのまま、二人は共にカップに目を落としたまま言葉を交わす。


「緊張してる?」

「……してるかもね」


何故か、素直に認めることができた。


「怖い……?」

「……怖いのかもしれない…」


二人の間に沈黙がおちる。

それに耐えかねたようにアスカは口を開いた。


「シンジは……?」


その問いに、少年は少しだけ悩んで、


「僕も怖いよ」


と答えた。


「怖い。とても怖い。死ぬのが怖いし、傷つくのも怖い」


そして何よりも。


「僕は負けるのが怖い」


ポツリ、とシンジは呟くように言った。

アスカは感じる。その呟きに混じる本物の恐怖を。

だがそれは、自分の中にある「負けることへの恐怖」とは少し違う、と直感的に彼女は思った。


「僕たちの敗北は、そのまま世界の終わりにつながる。それは、とても怖いことだ」


たとえ力があっても、その恐怖を拭い去ることはできない。

その恐怖はアスカの感じているそれとは別のもの。

彼は、自分が負けることで誰かが傷つくのが怖いのだ。


「でも」


少しだけ間をおいて、シンジは言葉を続ける。


「何もしないほうが……きっと怖いから」


できることをやらないで後悔するほうが辛いから。


「だから僕はエヴァに乗るんだ」


そう言ってシンジは一口ミルクに口をつけた。




○○○




「アスカは、どうしてエヴァに乗るの?」

「アタシ……は」


何故、エヴァに乗るのか?


アスカは考える。

シンジに会う前は、自分の才能を知らしめるため、と思っていた。

でも今なら分かる。それは強がりだ。本当は誰かに見てもらいたかった。ただそれだけ。

今、アスカには確信がある。誰かが自分を見てくれている、必要としてくれているという確信。


―――僕は君の味方だから―――


少年がくれた言葉を思い出す。

では“負けるのが怖い”からだろうか?

さっきシンジが言った言葉と同じ。でも意味は違う。

シンジの言葉と違って、自分のそれは子供の駄々のようだ。

なんとなく、少女は自分の異常に気がついた。

負けたくない。そう思う。でも、何故そうなのか分からない。

手に持ったカップを口元に運び、

「……わからない」

少しだけ、ばつが悪そうに少女は答え、ミルクを一口飲んだ。




○○○




シンジは知っている。

アスカの心に打ち込まれた楔。SEELEの精神誘導によって生まれた負けることを忌避する感情。

たとえ力があろうとも、それだけで少女の心は癒せない。

彼女は戦いに臨むだろう。

たとえ、シンジやユウトやアセリアが、ヒカリやトウジが止めても。

大人たちは寄ってたかって彼女を戦場へ引きずり出す。

“しょうがない”という免罪符を突きつけて。

そして何よりも、彼女は植えつけられた感情によって戦場へと足を踏み出すだろう。




○○○




「アスカには覚悟がある?」

頭の中で思考が渦を巻き、思わずそう問うていた。

「覚悟?」

いきなりのシンジの問いかけにアスカは首をかしげた。

「そう、戦場に出る者の覚悟」

何故こんな話を始めたのか、シンジは自分でも分からなかった。

でも、何故か止める気にならない。

一方、問いかけられたアスカはオーバー・ザ・レインボウでシンジが提督に告げた言葉を思い出していた。


『覚悟を持って戦いに臨んでいます』

『一人前の戦士のつもりです』


あの時のシンジの顔は――

「死ぬ……覚悟?」

恐る恐る、といった雰囲気でアスカは問う。

「それもある」

シンジは頷いた。

「他にもあるの?」

続く問いに、少しだけ逡巡して、

「殺す覚悟」

と言った。

「…………」

恐らく「生き物である使徒を殺す覚悟」だけではないのだろう、とアスカは思う。

時には味方を犠牲にしても、勝たなくてはならない場合もある。その覚悟を言っているのだろう、と。

「……シンジは」

「そして」

その覚悟があるのか、と聞こうとしたアスカを遮るようにシンジは口を開いた。

「殺さない覚悟」

「え?」

ポカンとするアスカ。

シンジはそれを見て苦笑しながら続ける。

「矛盾してるって思う?」

シンジの言葉を理解できないアスカは首をかしげながら頷きで答える。

苦笑を深くしつつ、シンジは言う。

「矛盾してるのは分かってるんだ」

でも、とシンジは視線を上げ、力をこめる。


「使徒を殺すのはしょうがない」


“しょうがない”って言葉は嫌いだけど、とシンジは続ける。


「あいつ等には言葉が通じない。理解しあうこともできない」


だから、殺すしかない。


「でも、だからこそ、殺すのは使徒だけにしたいんだ」


前を見つめ、ここではないどこか遠くを見つめるような瞳。

アスカはそれを陶然と見つめる。


「僕は僕の大事な人を失いたくは無いから」


だから、とシンジは己の覚悟をもう一度口にする。決意を確認するように。戦う理由をアスカに告げる。


「僕はエヴァに乗る。死ぬ覚悟と殺す覚悟をもって戦いに臨み」


そして、


「誰も殺さない覚悟をもって、僕の守りたい全てを守ってみせる」


シンジは、真剣な表情でそう結び、まぁ、と、そこで視線にこめた力を緩めて、

「いいとこ取りしようっていう甘っちょろい考えだけどね」

そう言って微笑んで見せた。

アスカは我に返り、自分がシンジの顔をじっと見つめていたことに気付いてあわててそっぽを向いた。




○○○




しばらくの沈黙の後、再びシンジは口を開く。

「ねぇ、アスカ……学校は楽しい?」

再度の話題の転換に、少しアスカは混乱する。

「……ええ」

数秒考えて、アスカは頷いた。

「この四日間、この家で暮らしてみて楽しかった?」

「……楽しかったわ」

これにもアスカはしっかりと頷いた。

混乱しつつも、ぼんやりとシンジの言いたいことを理解する。

シンジは問うているのだ。

「君に守りたいものは無いのか?」と。




○○○




シンジは思う。

これは誘導だ。SEELEと大差ない。

僕は今、少女を誘導して戦いに向かわせようとしている。

何をしているんだ? と自分に問う。

だが「戦うな」と言えばいいのだろうか? 「僕が戦うから、君は後ろに居ろ」と言えばいいのだろうか?

上手くは言えないが、それは違う、とシンジは思う。

ユウトは言った。この世界の行く末を決めるのはこの世界の住人であるべきだと。

それを思い出して、シンジは気付く。

(純粋に“この世界の住人”なんだ、アスカは)

神剣の化身たるレイと、全ての後でこの世界を去ることを決意しているシンジ。

その二人と違い、この少女はこの世界で生まれ、この世界で死んでいく人間だ。

三人のチルドレンのうち、ある意味で唯一“この世界の行く末”を決める権利を持っているとも言える。

だから、シンジは、彼女に彼女の意思で戦う理由を定めて欲しいのだ。

それに気付いたシンジは覚悟を決めた。

アスカを戦いに誘う覚悟を。




○○○






「学校に行けば、トウジや洞木さんが笑ってる」

「うん」

「家に帰れば、ユウトさんやアセリアさん、カオリさんも笑ってる」

「うん」

「僕らの戦いは、それを守る戦いなんだ」

いつの間にか、アスカはシンジの目を見つめ、シンジはアスカの目を見つめていた。

「大人の思惑なんか関係ない。NERVが何て言おうが知ったことじゃない」

視線で問う。君は彼らのために戦わないのか、と。

「僕らが、僕らの意思で、僕らのために」


僕らの大切なモノを守るんだ。




○○○




「うん……!!」

少女の青い瞳に力が宿る。

先ほど己の覚悟を語った少年とシンクロするように。


「アタシは、守りたい」


少年は無言で言葉の先を促した。


「アタシが楽しいと思える日常を」


「うん」


「アタシが大切に思う人たちを」


「うん」


だから、


「だからアタシはエヴァに乗る……!」




○○○




ここに少女は決意する。己の意思で戦場に臨むことを。

そんなアスカの決意を聞きながら、シンジは悲しげに微笑んだ。

(忘れない。アスカを戦いへ導いたのは僕。それが悪いことだとは思わないけど……)

ただ、シンジはそれを忘れないと決めた。




○○○




翌日。決戦当日。NERV本部内、訓練場。

そこにはシンジとアスカ、レイ・リツコ・マヤの三姉妹、そして日向の姿があった。

ユウトたちは発令所でミサトを抑えている。

彼女が来ても二人の集中を乱すだけだ。

「一体どうしたんだい、二人とも……」

最後の仕上げに、と二人を踊らせた日向は驚愕していた。

結果が悪かったわけではない。むしろその逆。

昨日までの特訓でも、ほぼ完璧だった二人。だが、今朝のそれは、昨日までが霞んでしまうほどにぴったりと、本当に鏡に映したかのようにユニゾンしていた。

「当然よ」

「そうだね」

そう言ってくすりと笑いあう。

その姿すらもシンクロしている。

昨夜の会話で心を通わせたことが、如実に現れた結果だった。

「……昨日何かあったの?」

リツコが練習を見ていた者を代表して問う。

「「ちょっとね」」

二人は笑って答えをはぐらかした。




○○○




二人は完璧にユニゾンして見せ、発進から62.5秒できっちりとイスラフェルを殲滅した。

(『福音』 頼むよ)

(分かりました)

無論コアから欠片を回収し、イスラフェルはマナの塵と消えたのだった。




○○○




「さ、アスカ行くよ」

「行くって、どこへよ?」

「いいからいいから」

エヴァから降り、シャワーと着替えを済ませて身なりを整えるなり、シンジはアスカをつれてNERV本部を後にした。

NERVに所属していないシンジはともかく、アスカには戦闘報告の義務が無いわけではないのだが、

「がんばってくれたんだし、これくらいの我侭は聞いてあげようよ」

という作戦部オペレーターの言葉に文句を言う者は一人もいなかった。

「あに言ってんのよ!? アスカは作戦部所属なのよ!? アタシに! 作戦部長たるこのアタシに! 報告の義務があるでしょうが!!」

訂正。一人だけ文句を言ってる人物がいたが、誰もその意見を取り合うものはいなかった。


「はい、ついた」

「ココって」

シンジがアスカをつれてきた場所は、何のことは無い、彼らがこの四日間暮らしていた場所――高嶺邸である。

「あのね、アタシがここに住むのは昨日で最後よ?」

「そうじゃないよ」

苦笑しながらシンジはアスカを食堂へと誘導する。

そのドアの前で止まると、

「どうぞ」

と、アスカに開けるように促す。

訝しげな表情をしながら、アスカがドアを開ける。

と、


PON! PONPON!!


いきなりクラッカーの音が鳴り響く。

「な、なに!?」

中を見れば、ユウト、アセリア、ユーフォリア、カオリ、ユイの高嶺一家とレイ、そしてトウジとヒカリの八人の姿。

「ど、どうしたのよ……」

「『どうしたのよ』って約束忘れてるの?」

「約束?」

ヒカリの問いに首を傾げるアスカ。

食卓の上にはたくさんの料理が並び、奥の壁にかけられた横断幕には“ようこそアスカ!”の文字。

「あ……」

「アスカの歓迎会だよ」

やっと気付いたアスカに、微笑みながらシンジが告げた。

「アスカ、ようこそ第三新東京へ!」

「まぁ、ようこそ言うといたるわい!」

ヒカリとトウジ。

「ようこそ、アスカちゃん」

「ん、よろしく」

「改めてよろしくね!」

ユウト、アセリア、ユーフォリア。

「ようこそいらっしゃいました」

「ふふふ、よろしくね」

カオリとユイ。

「ようこそアスカ。これからよろしく」

「……よろしく、アスカ」

そしてシンジとレイ。

口々に皆が歓迎の言葉を告げる。

「あ……え、と」

驚いているのか言葉が出ないアスカ。

「ねぇ、アスカ」

シンジはそんなアスカに声をかける。

「え?」

「僕らがこの笑顔を守ったんだ」

シンジの言葉にアスカは一瞬きょとんとして、その場にいる皆の顔を見る。

そこにあるのは笑顔。アスカが守ろうと決意した人たちの笑顔。

シンジの言葉が頭に染み渡るにつれて、少女の顔がほころぶ。

そして、

「ありがとう、みんな! これからよろしく!!」

そう言うアスカの顔は輝く満面の笑みだった。