第十八話


「レイ……どうかした?」

「アセリアさん……」

修学旅行初日の夜、一階のテラスにあるテーブルセットの一つに腰掛けて星を眺めていたレイに、アセリアは話しかけた。

「シンジたちと一緒に遊ばないのか?」

プールから帰るときに部屋によってアスカは高嶺邸へとやってきた。

荷物は修学旅行のためにまとめていたものをそのまま流用したらしい。

そして今はリビングで、持参したゲームでシンジと対戦中だ。

「アセリアさん、私……病気なんでしょうか?」

「病気……?」

不安そうに問いかけるレイに、アセリアは訝しげに反す。

はい、とレイは頷いて、

「……アスカとシンジ君が一緒にいるのを見ると、胸がざわざわするんです」

「ざわざわ?」

「二人が仲良くしてるのは嬉しいはずなのに……時々きゅうっともなります」

「きゅうっと……」

繰り返しながら、なんとなくアセリアには分かった。

レイは嫉妬しているのだ。

恐らくは、シンジと仲のいいアスカに。

彼女の世界は急速に広がりつつあるが、それでも最初の絆を与えたのはシンジだ。

そんなシンジに、悪い言い方になるが、レイから見れば“ぽっと出”のアスカが自分より仲良くしていることに嫉妬しているのだろう。

問題は、それをどうレイに伝えるかだが……

「レイ……レイは嫉妬している」

結局ストレートに伝えることにした。このあたりの機微はアセリアも苦手だ。

「しっと?」

「そう」

頷きながら、ゆっくりとアセリアは先ほど自分が感じたことをレイに聞かせた。

「私……アスカに嫌われちゃいますか……?」

不安そうな顔でレイは尋ねる。

レイはアセリアの話を聞いて、自分がアスカに悪い感情を抱いているのだ、という事は理解した。

そして、それに気付いた時に考えたのは“このことをアスカに知られたら嫌われてしまう”ということだった。

そんなレイの不安を取り除くように、アセリアは首を振り、

「レイ……レイはシンジが好き?」

そう問いかける。

少しだけ考えてレイは頷く。

「レイは、アスカが好き?」

これにも頷く。

それを見たアセリアは口の端に笑みを浮かべて、

「なら、大丈夫」

そう言った。

「でも……」

レイはなお不安そうだったが、

「大丈夫。その気持があれば、アスカはレイを嫌ったりしない」

アセリアはそう言った。

そして立ち上がると、去り際に、

「不安なら、アスカに話すといい。自分の気持ち、思ったこと。きちんと話せばアスカは受け入れてくれる」

そう言って部屋の中へと入っていった。

「…………」

レイはそれを見送って、何も言わずにまた星を眺めた。

心の中には不安があったが、アセリアの言葉は信じられると思う。

(話してみよう、アスカに)

レイはそう決心した。




○○○




あけて翌日。シンジたちが「今日は何して遊ぼうか」などと話しているころ。

浅間山地震研究所では、一人の女が暴走していた。

「葛城さん! これ以上は無理です!」

「いえ、あと500お願いします」

研究所の所員の言葉に、ミサトは観測機からの映像から目も離さずに答える。

この研究所から日本政府経由で浅間山のマグマの中に特異な影が見えるという通報があったのが今から約2時間前。

本来ならばこの場所に来るのは、MAGIでデータの吟味をしてからになるはずであったのだが、使徒発見の“可能性”というだけで何時ものようにミサトが暴走した結果となった。

『深度1200 耐圧隔壁に亀裂発生』

機械音声らしき女性の声がスピーカーから響く。

「葛城さん!」

「壊れたらうちで弁償します! あと200」

弁償します、と言ってもここで使うような特殊な無人観測機のストックがメーカーにいつも置いてあるはずもない。

基本的に受注生産となるはずだ。そして、それには少なくとも数ヶ月、下手をすれば1年以上の期間がかかる。

金の問題ではないのだが、この女はそれが分かっていない。

「……モニターに反応」

オペレーター席に座らされた所員が不満げな声で報告する。

「解析を」

短く命令するミサトに答えもせずにキーボードを叩く。


そして、

『観測機、圧壊。爆発しました』

ビー、という警告音とともにその報告が入ると、画像が表示されていた画面が砂嵐になった。

落胆のため息が響く室内で、一人ミサトだけが元気だ。

「解析結果は?」

「……パターン青、だそうです……」

にんまり、と唇の端を吊り上げてミサトは笑った。

報告した所員には“パターン青”の意味は分からなかったが、どうやら彼女のお気に召す結果だったらしい。

「これより本研究所は閉鎖! NERVの管理下におかれます。一切の入室を禁止した上、過去六時間以内の事象はすべて部外秘とします!!」

この宣告を受けた所員たちは、マグマの中に影を見つけたことを心底から後悔したという。


「碇司令にA-17を要請して」

研究所の廊下で、ミサトは本部へと連絡を取っていた。

「気をつけてください! これは通常回線ですよ!?」

「分かっているわ! 早く守秘回線に切り替えて!」

慌てる青葉の声に、そう言い返す。

発令所では青葉が、

(何で最初に守秘回線に切り替えろって言わないんだ!?)

と、内心かなりあせりつつミサトに怒りを覚えていた。

A-17と言えば、第三で使徒を待ち受けるのではなく、こちらから打って出る作戦コードだ。

これには現有資産の凍結と強制運用も含まれる。外部に漏れれば、どのような事態になるか、子供でもわかると言うものだ。

青葉もまた、何故葛城ミサトが作戦部長という要職についているのか、本当に疑問に思っていた。




○○○




「やっぱり捕獲作戦になったわけですか……」

「ええ」

呟くように問いかけたシンジにリツコはすまなさそうに答えた。

捕獲の危険性をゲンドウに説いたのだが「問題ない」の一言に押し切られた形となった。

たとえリツコが実質ナンバー3(対外的にはミサトがこれに当たる)とは言え、結局この組織はゲンドウに私物化されているのだ。

足元にスライドが広がる部屋にシンジ・レイ・アスカの三人は呼ばれていた。

シンジたちの他にはリツコと日向の二人。

スライドに映るのは、胎児のように身を丸めた何かの影。

ここに居る人間は誰も眼にした事はないが、ゲンドウの持つ「アダム」にその姿は似ているかもしれない。

そこで浅間山のマグマの中に使徒が発見されたこと、そして、今回の作戦は捕獲が目的であることを伝えられた。

「すまない、みんな」

日向も頭を下げる。彼もこの作戦の危険性を理解している一人だ。

「日向さんのせいじゃないでしょう?」

「それでもだ。すまない」

日向はなお頭を下げ、そんな彼に残りのシンジとリツコは苦笑する。

「捕獲ってだけでしょ? そんなに危険なの?」

訝しげな様子のアスカに、

「捕獲ってことは、常に敵のそばに身を置いておくことになる。しかも、こちらから積極的な攻撃はできない」

とシンジが言う。それに、と続けて、

「たとえ成功したとして、どこに置いておくのさ? それにエヴァを周囲に配置しておかないと危険すぎる。最悪24時間体制で、三人で交代しながら貼りつくことになりかねない。もっと言えば、NERVはアスカ一人にやらせようとするかもしれない」

レイと僕は外部協力者に過ぎないからね、とシンジはにらむようにスライドを見ながら言った。

「い、言われてみれば、とんでもない作戦ね……後のことは考えてんのかしら?」

シンジの言葉に状況を理解したアスカは冷や汗を流した。

それを見たシンジは横に立つリツコに問いかける。

「できました?」

「ごめんなさい。D型装備と耐熱のプラグスーツを改良するだけで精一杯だったの」

シンジは先の使徒戦が終わってすぐに、リツコに次の使徒――「胎児を司る天使」サンダルフォンについての『前史』での情報を渡し、装備の改良を頼んだ。

最初は、初号機用のD型装備を考えていたのだが、ゲンドウがユイが眠る(と思っている)初号機を、火山に下ろすなどということを看過するはずもない、と却下されたのだった。

最優先してもらったのはプラグスーツの改良。『前史』でのものは、保温(これは冷たいものを冷たいまま保つという意味もある)のために空気を入れる、という明らかに手抜きとしか思えないものだった。

D型装備に関しても、もう少し動きやすい形にしなければまともな戦闘もおぼつかない。

キャッチャーに武器(熱膨張を利用するため、冷却液を流し込む槍などをシンジは示唆した)を取り付けることも考えていたのだが、そちらにまでは手が回らなかったらしい。

使徒殲滅よりも、アスカの身を案じた結果だ。シンジに異を唱えるつもりなどあるはずもない。元々リツコには無理を強いていると思っているのだ。

「『前史』よりははるかにましです。ありがとうございます」

だから、シンジは素直にリツコに頭を下げる。もちろん、他の人たちに気付かれぬようごくわずかにだったが、それでもシンジの気持ちはしっかりとリツコに届いた。

「そういってもらえると、私も助かるわ」


「今回、マグマの中に降りるということもあって局地戦闘用のD型装備になる。この装備が可能なのは制式タイプの弐号機だけなんだ。だから……」

「私がもぐるしかないのね」

「……すまない」

日向の言葉の先をアスカは自分で言った。

なお頭を下げる日向に、アスカは笑って、

「ちょうどダイビングしたかったのよね! プールも飽きたし、マグマってのもいいんじゃない?」

おどけるように言う。

日向はそんな彼女を見つめて、

「すまない」

ともう一度だけ謝った。

「初号機は火口にて弐号機を援護、零号機は本部に待機だ」

「「了解」」

先の訓練から珍しくなくなったシンクロでシンジとアスカが答える。

「……私は」

「すまない、レイちゃん。心配なのは分かるが、本部に一機もエヴァがない、という状態も避けたいんだ」

「……了解」

謝る日向に、渋々といった様子でレイは頷いた。

「心配しなくっても、ちゃんと帰ってくるわ」

「大丈夫だよ、レイ」

安心させるようにアスカとシンジがレイに微笑む。

アスカは本心からの言葉。シンジも、もしもの時は装備の関係なく飛び込むつもりでいる。オーラフォトンを纏えば、短時間であれば大丈夫であろう、とふんでいた。

「…………」

そんな二人を見つめて、無言で頷きながら、また少しレイは胸がざわめくのを感じていた。


新型の耐圧プラグスーツは二層にした布地の内側に冷却したLCLを流す構造にしたことで『前史』のダルマと違って、やや厚手のプラグスーツ、といった外見になった。

D型装備もより動きやすいように加工されたものの、こちらはきぐるみと大差ない状態だった。しかし、弐号機の手の動きを再現する機構をつけて、きちんと五本指のある手が作られた。また、プログナイフを収納するケースを作り込む事で、腕にくくりつけるだけ、などという不安定な格納をせずにすむようにされた。

どちらも『前史』の問題点を解消するための改造である。

弐号機の姿に多少の不満を漏らしたアスカだったが、戦う覚悟を決めた彼女には些細な問題だった。




○○○




浅間山近くのロープウェイ。

そのなかで会話を交わす人影が二つ。

一つはNERV本部特殊監察部所属加持リョウジ。

否、今の彼は内務省調査部所属の加持リョウジであった。

もう一つの人影は、犬を抱えた中年女性。一見すると普通の主婦のように見えるが、この状況下でこんな場所に居る時点で普通の女性であるはずもない。

彼女もまた内務省調査部所属のエージェントであった。

「A-17の発令……それには現資産の凍結も含まれているわ」

「さぞやお困りの方も多いでしょうなぁ」

やや問い詰めるような口調の女性に、加持は飄々と答える。

「何故……止めなかったの?」

「理由がありませんよ。発令は正式なものです」

二人は互いに窓の外を眺めながら、目を合わせることもなく言葉を交わす。

「それは否定しないわ……でも」

と、女性はここで加持をにらみ、

「あの女……NERVの作戦部長は通常回線でA-17の発令を示唆したわ」

「…………」

「おかげで、日本経済は大打撃。市場はガタガタよ」

加持は冷や汗を流しながら答えない。

「まぁ、情報が早く来たから対処も容易だった、という話もあるけれど……」

そこで再び目をそらし、

「こんなことが続くようだと、暗殺されるわよ、彼女」

もちろんSEELEやNERVがそんなことはさせないだろう、と加持は思ったが、口からは乾いた笑いしか出てこなかった。




○○○




『エヴァ初号機、及び弐号機到着』

「両機はその場にて待機。クレーンとレーザー打ち込みの準備、急いで」

例によって指揮車にいるミサトは腕を組んで言った。

「わざわざ捕獲する必要があるんですか?」

そんなミサトに日向が進言する。

今回は、地震研究所の機材を借りており、より正確な管制を行うために発令所オペレーターとリツコも現場に出て来ていた。

「何言ってんのよ! こちらから打って出られる状況なのよ!? ここでしり込みしてどうするの!」

もう一度考え直せ、と言外に言った日向の言葉を、ミサトは切って捨てる。

ハァ、とため息をつき、日向は作業の指示を出した。

すでに作戦は認可されてしまっている。今からの変更は、ミサトにしかできないことだった。




○○○




それぞれのエントリープラグ内で待機した二人は言葉を交わしていた。

『レイは来れなくて残念だったわね』

「あの男が、レイを危険に晒したくないだけだよ」

『どういうこと?』

訝しげな表情をウインドウの向こうに浮かべるアスカに、シンジは答える。

「レイの親権が、元々六分儀ゲンドウの元にあったのは知ってる?」

『知らないわ』

その言葉にシンジは一つ頷くと、

「レイはね、僕の母さん――あの男の死んだ妻によく似てるんだ」

『まさか……』

「そう。妻の面影を消したくないのさ」

『公私混同もいいトコじゃない』

アスカが呆れた声を出す。

「妻の面影を持つレイを自分のそばにおいておくために、アイツはレイを人形みたいに育てたんだ」

『どういう意味よ、それ!?』

アスカが驚いてシンジを問い詰める。

「あの男が対人恐怖症だって話はしたろ?」

『うん』

頷きつつ、アスカは第一次第七使徒戦後のミーティングを思い出す。

「アイツは人の心が怖い……まぁ、平たく言ってしまえば他人に嫌われるのが怖いのさ」

だから、他人の心を無視する。そうすれば、他人にどう思われているかは気にならなくなる。

「でも、妻の面影を持つレイを無視することはできなかった」

だから、

「レイの心を、感情を育たないようにしてたんだ」

そうすれば、自分が嫌われることもないから。

『……マジ?』

「マジ」

薄ら寒そうな表情のアスカ。自分の属する組織のトップの実体がそれでは、それも無理ないことだったが。

『二人とも、無駄口叩いてないのよ! そろそろ作戦開始だからね!!』

「…………」

『……了解』

スピーカーから響いたミサトの声に、シンジは一瞥しただけで無言。アスカもつまらなそうに答えただけだった。

この二人の会話はオープンチャンネルであったため、目の前の使徒に夢中のミサトを除いたこの場に居るNERV職員全員の耳に届いており、後日NERV中に噂となって広がり、強面司令の株をさらに下げたという。




○○○




火口の周囲に張り巡らされたワイヤーがクレーンを固定している。

そのクレーンに吊られているのは白い耐熱耐圧防護服に身を固めたD型装備のエヴァ弐号機。

『レーザー作業終了』

『アスカ、いい?』

「だめって言ってもやるんでしょ?」

『……弐号機、発進!』

やる気なさげなアスカの答えを無視したミサトの命令とともに、クレーンから弐号機が降下していく。

「うわ〜……熱そう……」

ぼやきながらも、始まってしまったからには全力を尽くさねばならない。

「さーて、行きますか」

と気合を入れつつ、

「見て見て、シンジ!」

『ん?』

「ジャイアントストライドエントリー!」

叫びながら、大きく足を開く弐号機。

余裕があることをアピールするアスカだった。




○○○




「現在、深度170、沈降速度20、各部問題なし」

マグマの中をゆっくりと弐号機が下りていく。

「視界は0……何も見えないわ。CTモニターに切り替え」

言葉と同時にプラグ内のスクリーンに映る光景がわずかに変わるが、それでも視界が良いとは言い難い。

「これでも透明度120か……」


『深度400……450……500……550……600……650……』


スピーカーから聞こえるマヤの声だけが響く。

まだ目標の姿は見えない。

アスカはじりじりするような緊張感を感じていた。


『…900……950……1000…1020! 安全深度突破! ……深度1300! 目標予想深度です』


マヤの報告を受けて、アスカは周囲を見渡すが、その視界に映るモノはない。

『アスカ、何か見える?』

「センサーには反応なし! 何も見えないわ」

アスカはミサトの声にそう報告した。




○○○




『何も見えないわ』

その報告を受けて、リツコは思案する。

「対流が予想よりも早いようね」

「目標の移動速度に誤差が出ています」

「再計算! 急いで」

リツコと日向の言葉に、ミサトはそう命令を下した。

同時に、

「作戦続行。再度沈降よろしく」

これに異を唱えたのは日向。

「待ってください。少なくとも再計算の結果がでるまでは警戒待機のほうがよろしいかと」

いくらD型装備といえど、もぐればもぐるだけ負担がかかる。それは、そのままアスカの生存率を下げる結果となるのだ。

「いいえ、時間が惜しいわ。再度沈降よ」

「承服しかねます! 今度は人が乗っているんですよ?」

と、日向はミサトをにらむが、

「作戦責任者は私です。もう一度だけ言うわ。再度沈降」

「……了解」

不承不承に日向は頷いた。




○○○




ゆっくりと沈降する弐号機の中で、アスカは日向の言葉を嬉しく感じていた。

同時に、ミサトの根拠のない自信に理解に苦しんでいた。

状況によってはもっと上に使徒がいる可能性だって否定できないのに、わざわざ沈降させる。

命をかけているのは自分なのだ。ミサトではない。

(私もシンジたちとおんなじ立場になれないかしら……?)

そんなことを考えているうちにも、どんどん弐号機は降りていく。


『深度1350……1400………1480……限界深度オーバー!』


(いよいよここから、か)

アスカとしては今すぐにでも上がりたい。

戦う覚悟は決めた。死ぬ覚悟も殺す覚悟も決めた。だが、意味もなく死ぬ気にはなれない。

なれないが、どうせ何を言っても使徒を発見するまで降ろすつもりだろう、と予想していた。

『まだ使徒を発見していないわ。続けて』

指揮車からその考えを肯定するミサトの声が聞こえる。

『アスカ、どう?』

「まだもちそう。でも正直すぐにでも上がりたいわ」

『……そんなに熱い?』

的外れなミサトの問いかけ。

「そうね。天然サウナだわ」

それに呆れつつ、アスカはそう答えた。

しかし、アスカは言うほど熱を感じてはいない。

スーツとD型装備の耐熱機構が上手く稼動している証拠だった。

『近くにいい温泉があるわよ。終わったら一緒に行きましょう』

こんな時にも呑気なミサト。

本人は緊張を和らげようというつもりなのだろうが、失敗したご機嫌取りの続きだということはアスカにもわかった。

「結構よ。レイが待ってるもの。早く帰って安心させないとね」

だからアスカはすげなく答えた。ミサトは何も言わなかった。


『限界深度+120』


周囲からきしむような音が聞こえ始めていた。


そして、

『深度1780 目標予測修正地点です』

その報告に、アスカは周囲を見回し、センサーを走らせる。

「いた」

果たして、ソレはそこにいた。

黒い、楕円形の繭。視界が悪く詳細は見えないが、恐らくあの中にスライドで見た気持ち悪い胎児のようなモノが入っているのだろう。


『捕獲準備』

『お互い、対流で流されてるからチャンスは一度よ』


「了解」

リツコのアドバイスに答え、アスカは慎重にキャッチャーを使徒に向ける。

ゆっくりと近付いてくる繭。


『接触まであと30』


繭がキャッチャーの範囲内へと入る。

「電磁柵展開!」

発生したバリアーが繭をキャッチャーの中へと閉じ込めた。


『捕獲成功!』

『ナイスよ、アスカ! これで一安心ね』


安心したようなミサトの声に、アスカは少々頭にくる。

「アンタね……」

『何言ってるんですか! ここからが本番でしょうが! 早く引き上げてください!』

怒鳴ろうとしたアスカよりも先にシンジの声が響いた。

『そっちこそ何言ってんのよ? 後は引っ張り上げるだけでしょうが』

引き上げの指示をしつつ、ミサトがシンジを嘲笑するように言う。

『今は弐号機のそばに常に使徒がいる状態なんですよ!? いつ羽化するかも分からない! 降りてるときよりもよっぽど危険なんです!!』

「シンジ、いいわ」

『アスカ?』

なおも言おうとしたシンジをアスカは制した。

「アタシはわかってる。大丈夫。油断なんてしてないわ」

『……分かった。アスカ、これは僕の予想だけど、浮上して圧力が減れば、それが刺激になって目覚める可能性は高いと思うんだ。気をつけて』

「Danke 気をつけるわ」

アスカは微笑みつつ、いっそう気を引き締めた。

その瞬間だった。


『目標に変化!』


日向の切羽詰った声が響いた。




あとがき

さて、こちらのホームページでは初めて後書いてみようかと思います。

おおむね、いつも一体の使徒を倒すのに二話使っていますが、今回は少々長くなりそうだったので、ここできることにしました。

次回は戦闘本番です。

思えば、シンジがまともに戦闘に加わらない数少ない場面ですよね。あとは、イロウルとアラエルくらいでしょうか?

SSとは言え物書きをやると語彙が増えます。知らないことを知らないままには書きたくないので、知らないことは調べることになりますから。

今回調べたのは「ジャイアントストライドエントリー」です。

他のSSとかを読むと「ジャイアントストロングエントリー」とか「ジャイアントストロークエントリー」というのも見かけます。“ストロング”というのは間違いのようです。“ストローク”という言い方もあるようなのですが、どうも正確には「ジャイアントストライドエントリー」のようです。

船から大きく一歩踏み出して、その足から水に入るやり方だそうで、別に足を大きく広げることではないようです。

さて、話が終わりきってないので、続きを急いでお届けできるようにがんばります。

今回はこれにて。それでは。