第十九話
『目標に変化!』
日向の切羽詰った声が聞こえる。
キャッチャーの中の使徒が大きく震えるのが見えた。
『羽化を始めたのね! 計算より早すぎる!』
『キャッチャーは!?』
『とても持ちません!!』
『くっ! アスカ、キャッチャーを捨てて!』
だが、その時、アスカの頭の中で何かが閃いた。
「違う! 捨てちゃだめだわ!!」
『え!?』
指揮車から戸惑う声が聞こえるが、今は無視。意識を目の前の目標――第八使徒サンダルフォンへと向ける。
弐号機は暴れる使徒をとどめたまま、キャッチャーを左手一本で保持。同時に右手にプログナイフを装備する。
『アスカ!? 何やってんの! 捕獲は中止よ! 早くキャッチャーを捨てなさい!』
『違う! それでいい、アスカちゃん! カウントスリーで電磁柵を切るぞ!』
「了解!」
アスカの考えを理解していないミサトのわめきを無視しつつ、アスカの考えを理解した日向の声に応える。
この悪い視界の中、敵を離せば先手を取られるのは明白。
危険な手段ではあったが、逃げ出す瞬間を狙うのが、この場で弐号機が先手を取る唯一の手段だった。
そうこうしている間にも、サンダルフォンは羽化を完了。両手を広げ、キャッチャーから出ようともがく。
『いくぞアスカ! 3・2・1! 電磁柵解放!』
思わず呼び捨てになる日向の声と同時に使徒を覆っていたバリアが消える。
そこに、
「でえぇええい!!」
気勢とともに弐号機がプログナイフを突き立てる。
――――――――!!
それは悲鳴なのか。
羽化したての外皮にナイフが容赦なく突き刺さる。
だが、
「きゃあ!!」
サンダルフォンは大きく腕を広げて弐号機の腕を払う。
活動し始めたばかりとはいえ、さすがは使徒というべきか、思いのほか力が強い。
耐え切れずにナイフを手放してしまう。
「ちっ!」
舌打ちしながら、再びナイフに手を伸ばそうとするが、サンダルフォンの腕が邪魔で届かない。
そこで目に入ったのは、いまだ左手に持ったままのキャッチャー。
サンダルフォンの体は、その範囲から体半分ほど出ている。
再びアスカの頭の中で何かが閃く。
「日向さん! 電磁柵再展開!」
『了解!』
阿吽の呼吸とも言うべきスピードで返事が返ってくる。
すぐに展開されたバリアが使徒の体に食い込む。
――――――――!!
再び声にならない悲鳴を上げるサンダルフォン。
だが、彼はすぐに、何が自分の体に危害を加えているのかを理解した。
その長大で強靭な腕を振り、キャッチャーの骨組みを叩く。
使徒の腕に対するには、キャッチャーはあまりにも脆弱で、あっさりと折られてしまう。
「これでもだめか!」
このままではまずいと思ったのか、自由の身となったサンダルフォンは弐号機から距離をとり、マグマの向こうへと消える。
なすすべもなくそれを見送ったアスカは、
「ちっ! ナイフを持っていかれた!」
舌打ちをしながら、キャッチャーを放り投げた。
『アスカ! ナイフを落とすよ!』
「Danke!」
シンジの言葉に答えつつ、周囲を見回して使徒の姿を探す。
視界には見えないが、センサーには反応がある。周囲を旋回しているようだ。
『プログナイフ到達まで後40!』
「正面!」
プログナイフよりも先に弐号機の前にマグマを泳ぐサンダルフォンがその姿を現す。
距離をとってはっきりとその姿を確認するアスカ。
腕のついたヒラメ、とでも表現すればいいだろうか。左側によってならんだ目は平べったい魚を思い出させるが、その質感はむしろ昆虫のようにも見える。
「気持ち悪ぅ」
アスカの正直な感想だ。
マグマの中は自分の場所とでも言うように、その図体からは想像できないスピードで弐号機へと突っ込んでくる。
さらに、
「くちぃ!?」
下面にある円形の器官。古生代最強の肉食動物アノマロカリスを思わせるソレは、アスカの言うとおり口なのだろう。
ソレを、
ガパァ!!
大きく開いて弐号機に迫る。
「いーやー!? 気持ち悪いいーーー!!」
アスカの叫びが聞こえるはずもなく、サンダルフォンは衝撃を引き連れて弐号機に体当たり。そのまま弐号機の頭にかぶりつく。
『プログナイフ到達!』
やっと降りてきたプログナイフを掴み、先ほどと同じく体に突き立てようとするが、
「何よこれ!!」
先ほどと違い、硬化した外皮にナイフは歯が立たない。
『これだけの高温高圧に耐えているんですもの。さっき刺さったのは羽化直後だったからだわ』
リツコの解説が入るが、現状を打破するヒントはない。
「どうすればいいって言うのよ!?」
その時、三度アスカがそのひらめきを発揮する。
思い出すのは理科の試験。シンジが独訳してくれた問題。最後は何だったか。
『アスカ!』
同時にシンジが叫んだ。
『「熱膨張!』」
アスカは腕につながっていた冷却パイプをナイフで切断、そのまま弐号機の頭にかぶりついていたサンダルフォンの口へと突っ込む。
「冷却液の圧力をすべて三番に!」
瞬時に、突っ込んだパイプから流れる冷却液の量が増大する。
熱膨張とは本来、暖められた物体の体積が増加する、という現象である。
これは、逆に言えば物体を冷却することでその体積が減少することも意味する。
そして、この高温下に存在する物体に、ごく低温に保たれた冷却液を流し込むことで何が起こるか。
急激な体積の減少である。
1000℃を超える環境の中、体内に流し込まれた冷却液。
その急激な温度変化に、たとえ使徒といえども耐えることはできなかった。
苦しみもがくサンダルフォン。
急激な体積の低下に外皮が萎縮し、ひび割れる。
そこに、
「でえぇええい!!」
弐号機は渾身の力をこめてナイフを叩き込む。
もろくなっていた外皮に、ナイフが突き立てられた。
そして、最後に二、三度もがいた後、サンダルフォンは動きを止めた。
だが、
「うそ」
その最後のもがきは、弐号機を吊り下げていたケーブルを切断する。
かろうじてすべてが切られることは避けられたが、D型装備の内圧を保っていた冷却液の供給は途絶える。
ピシッ!! ガキッ!!
弐号機のまとう防護服が、嫌な音を立てるのをアスカは呆然と聞く。
「せっかく倒したのに……ダメなの?」
アスカは、自らの死を覚悟した。
○○○
「くそ!」
結局『前史』と同じか!
やはり、アスカを一人で行かせるべきではなかった!!
シンジは後悔していた。むしろ『前史』よりも状況は悪いかもしれない。
『前史』と同じく、冷却液を利用してサンダルフォンを倒したまではいいが、ケーブルを切断されるところまで『前史』と同じだった。
そして、早く倒しすぎたのだ。
『前史』では倒しきるのにもっと時間がかかったが、その分浮上しており、装備のない初号機でも降りることが可能だった。
だが、今は遠い。『前史』に比べて弐号機はまだ深いところにいる。
しかし、だからと言って諦めるわけにはいかなかった。
「いくよ『福音』! オーラフォトンバリア! レジスト!」
オーラフォトンの障壁と“抵抗”のオーラを纏い、火口に飛び込もうとした、その時だった。
「っ!? この気配は!?」
(シンジ! これは……新たな神剣の気配!?)
○○○
呆然と、アスカは呟いた。
「……嫌だ」
何故? 覚悟は決めていたのに?
「……それでもよ。やっとエヴァに乗る理由も見つけたのに」
殺すべき敵は倒した。それで満足ではないのか?
「私を必要としてくれる人にも逢えた。私が必要とする人にも逢えた。これからなのに……」
死にたくないのか?
「死にたくないわ」
死にたくないのか?
「死にたくない」
死にたくないのか?
「死にたくない! 皆と生きていたい!」
ならば、
―――手にとれ
「え?」
アスカははっとする。
今、自分は何と会話をしていた?
どうやら一瞬のことだったらしく、いまだケーブルは切れていない。
そんな疑問に答えを出す間もなく、弐号機が動いた。
――――アスカの意思を離れて。
「何!? 暴走!?」
同時に最後のケーブルが切れ、弐号機は再度の沈降を開始する。
「どうなってんのよ!」
アスカの声も、マグマに沈みゆくことすら気にした様子もなく、弐号機は崩れ落ちようとしていたサンダルフォンの体にその右手を突きこむ。
一度はプログナイフすら跳ね返した外皮を、右手はやすやすと貫いた。
そして引き抜いた手にあるのは、
「コア……?」
そうコア。使徒の中枢を担う紅球だ。
それを、
パキィン!!
弐号機はあっさりと砕く。
瞬時にそれは金色の粒子へと変わる。
普段なら、すぐに中空に消え去るはずのそれは、一筋の光となって弐号機へと向かう。
同時に弐号機は光をまとう。
アスカは確認できないはずのその光を確かに感じる。
やがてその光はアスカの目の前で収束する。
金色の光がアスカの目の前に現れていた。
―――手にとれ
再び声が聞こえた。深い、男性の声。
アスカは、理解できないながらも、この声が敵ではないと感じた。
「何なのよ、もう」
ぼやきながらも、この声に従う決心をしている自分に気付く。
そして、意を決して目の前の光に手を伸ばした。
「きゃっ!!」
アスカが手を触れた瞬間、光球は一際強い光を発する。
思わず目をつぶってしまう。閉じられた視界の向こうで、周囲のLCLがその光に吸い込まれるように流れるのを感じる。
そして、
「これは……」
目を開けたアスカの前にあったのは威容の刃。
幅広の大剣二本を柄でつなぎ合わせたようなその姿。
まるで、猛禽が翼を広げたかのような両翼刃。
その威容は見たことがないはずなのに、どこか懐かしい、親しみやすい感覚を受ける。
剣に触れた部分から流れ込む、暖かな力。
「この感覚は、……エヴァ?」
(然り)
アスカの頭に声が響いた。
そう、耳に響く音の波としての声ではない。頭の中に響く思念の波だ。
「……誰?」
(汝の目の前に居ろう)
その予想はしていた。この声は、先ほどの声と同じ声だ。
「貴方……なの?」
(左様)
剣に対して、貴方、というのも変かと思いながらの問いかけに、肯定の返事が返って来る。
(我が名は『矜持』 第六位の永遠神剣。汝らがエヴァ弐号機と呼ぶ魂)
「……どういうこと?」
アスカの頭の中に疑問符が無数に浮かぶ。
だが、
(まずは浮上するが先決であろう、わが主)
「主? アタシが? ……ま、いいわ。で、浮上? できるの?」
(主がそれを望むなら)
「OK アタシはまだ死ぬ気はないわ。あんたにソレができるってんなら頼むわ」
普通ならば頭を抱えておかしくない状況。しかし、アスカはその剣『矜持』の言葉が不思議と信用できた。
(まかされよ)
その答えと同時、ガクン、という強い衝撃とともに弐号機は急激な上昇を開始した。
「どうやったの?」
(『拒絶』のオーラを足場に、マナの爆発で揚力を得ている)
「……へぇ」
『矜持』の答えに気のない相槌を返す。
よく分からないことだけはよく分かった。
○○○
「! 浮上してくる……やっぱりこれって」
(弐号機も、神剣の欠片、ですからね)
「……そういうことだよね」
少しだけ、シンジは苦笑する。
可能性としてないわけではない、とは思っていた。
だが、まさか本当にこんなことが起ころうとは。
「弐号機が神剣として覚醒したんだね」
(そのようです)
急激に浮上する神剣の気配。
ドオォオン!!
轟音を引き連れて、マグマの下から弐号機が飛び上がる。
その身に纏っていた白い防護服はすでにぼろぼろだったのだろう、飛び出した瞬間に剥がれ落ちる。
「よっ!」
シンジは初号機を操作して、落ちてくる弐号機を受け止めた。
同時に、神剣の共鳴を利用してアスカに意志を送る。
(アスカ、聞こえる?)
(シ、シンジ? え? 何これ?)
慌てるアスカを落ち着かせるように、シンジは静かな心を伝える。
アスカの意思はきちんと伝わってくるが、恐らく声も同時に出していることだろう。
受けた衝撃の影響か、今は通信が途絶しているらしく、声は聞こえない。
が、この状況をごまかす上では好都合といえた。
(落ち着いて、頭の中で考えるだけでいい。それで伝わる)
(え? ええっと……これでいいの? アンタ、シンジ……よね)
すぐにアスカの思念による声が聞こえる。
(うん、シンジだ。シンジと『福音』 そっちはアスカと誰?)
(え? えっと……)
(わが名は『矜持』だ。『福音』の主よ)
シンジの頭の中にも深い男声が響く。
それに頷きつつ、
(では『矜持』 申し訳ないけど、今はその姿を隠しておいてくれるかい?)
(む? しかし……)
(僕らの力は、まだ秘密にしておきたいんだ。アスカからも頼んでくれないかな?)
(……わ、わかったわ。『矜持』 今はシンジの言うとおりにして)
(むぅ……主がそう言うならば、良かろう)
(わ……ほんとに消えた)
アスカの驚きの意思が伝わってくる。
(アスカ、多分そろそろ通信が回復する。後できっちり説明はするから、上手くごまかして)
シンジの耳には、指揮車からアスカへ呼びかける声が聞こえている。
(分かった……ちゃんと説明しなさいよ?)
シンジの意思が伝わったのか、幾分落ち着いた意思が返って来る。
ソレを最後にアスカの意志が離れていくのを感じた。
そして、
『アスカ!? 使徒は倒したの!?』
ミサトの大声に答えるように、
『大丈夫よ。きっちり倒したわ。その後どうなったのかは無我夢中でよく分からないけど……』
ウィンドウが開いてアスカの顔が映る。
やや疲労の色があるものの、元気そうな様子を見てシンジは少し安心した。
『何にせよ、無事でよかった……』
指揮車から聞こえる日向の声に同意して頷きながら、
「お疲れ様、アスカ」
そう言ってシンジは微笑んだ。
○○○
その後、リツコの簡単な診察を受けたアスカは、執拗に温泉に誘うミサトを無視して、シンジとともに第三新東京市へと帰って来た。
アスカは帰りの道すがらにも説明を求めたが、今は人の耳があるとまずい、とシンジは説得。
結局高嶺邸へと帰り着いてから、となった。
帰宅後、挨拶もそこそこにシンジは事の次第を説明。驚かれたものの、これで本当のことを話して仲間にできる、とおおむね好意的に受け入れられた。
アスカにもシンジたちの事情――永遠神剣のことや、シンジが逆行者であること、ユウトたちがエターナルであることなどが伝えられた。
「一つだけ、聞いときたいことがあるわ」
シンジたちの話を聞き終えたアスカは、真剣な顔でシンジに問いかける。
「何?」
そんなアスカに、シンジも相応の表情で答える。
「アンタがアタシの味方をしてくれるのは、未来のアタシの代わりなわけ?」
信じられないことはいろいろあったが、一番聞きたいのはこれだ。
たとえソレが未来の自分であっても、自分が誰かの代わりだなんて耐えられない。
相手がシンジであるならば、なおさら。
対するシンジは、この問いを聞いて苦笑する。
「どうしたのよ?」
「いや、レイにも同じこと聞かれたな、と思って」
それだけ言ってシンジは笑いを引っ込める。
そして、真剣な目でアスカを見つめながら口を開く。
「そういう側面があることは否定しない。でも、僕は今、目の前にいる君を護りたい。助けたい」
アスカは黙って先を促す。
「僕の知ってるもう一人の君も誇り高い心を持っていた。でも、その心を身勝手な大人たちに歪められ、壊れていった。君のそんな姿を、もう二度と見たくないんだ」
じっと見つめるアスカの瞳を、シンジは臆する事無く見つめ返した。
「その誇りに負けないで、か」
二年前の別れの時、シンジがくれた言葉。
きっとアレには、いろんな想いが詰まっていたんだろう。
ふふ、とアスカは不敵に微笑んだ。
「ま、いいわ。それで納得しておいてあげる」
過去も未来も関係ない。今アイツの目の前にいるのはアタシなんだ。このアタシが一番になれば、それでいい。
(あれ?)
そう思考して、はたと気づく。
今、自分は何を考えた?
一番になればいい?
誰の一番に? ……シンジだ。
(え、うそ、そういうこと?)
バッとシンジから顔を背ける。
必死で否定する要素を探すが……見つからない。
(ま、マジ? あたしってばシンジのこと好きだったの?)
徐々に赤面していくのが分かる。
何と言うか、一度自覚すると、思い当たることが多すぎる。
「アスカ?」
首を傾げるシンジの顔。
見た瞬間、耳まで真っ赤になるのを自覚した。
(……純情なことだな、主よ)
からかうような『矜持』の意志が聞こえる。
「う、うるさいわよ!」
「アスカ? 大丈夫? 顔赤いけど……」
言いながら、シンジはアスカの額に手を当てようとして、
「!」
したところでアスカは逃げ出した。
「ア、アスカ!?」
慌てて追いかけようとしたシンジだったが、
「シン君。今はそっとしておいてあげなよ」
その肩をユーフォリアが掴んで止めた。
彼女には傍から見ていてアスカの心情の変化がよく分かった。
(シン君の鈍感具合にもやれやれだね)
(そこが彼のいいところなんじゃない?)
苦笑しながら『悠久』と意志を交わすユーフォリアは、
「むしろ俺は、今の今まで自覚無かったほうがびっくりだよ」
と、続くユウトの言葉にも深く同意した。
「?」
シンジが一人首をかしげていた。
○○○
「はぁ……」
思わず部屋を飛び出したアスカは、二階にあるテラスに出ていた。
(逃げずとも良かったのではないか?)
「うるさいわねぇ、急に話しかけないでよ!」
(ふふ……我には好ましいよ、主の感情は。ところで、誰か来るぞ)
「え?」
『矜持』の力のせいか、感覚が鋭敏になっている気がする。
確かに近付いてくる気配を感じる。
この感じは、
「レイ?」
(うむ。あの上位神剣の化身だな)
『矜持』の言葉に少し考え込む。
レイの同意も得て、アスカは彼女の事情も聞いた。
初号機から生まれた存在。人間と使徒のハイブリット。碇ユイのクローン。そして、
「リリスの化身、ね」
本当に少しだけ考え込んで、
「ま、レイはレイよね」
ごく自然に、そのスタンスを定めた。今までと変わらず、友人であると。
「アスカ……」
「どうしたの、レイ?」
声に振り返れば、そこに立っているのはレイ。
彼女はアスカの隣まで歩いてくる。
そして二人は並んで手すりに体を預けた。
「私、アスカに話さなきゃいけないことがあるの……」
少しだけ真剣な、悲しそうな目をしながら、レイはそう切り出した。
○○○
レイの話を聞いて、アスカは彼女が愛おしくてたまらなくなった。
幼い恋心とごく小さな嫉妬。それに感じる罪悪感。
なんて無垢な存在なんだろう。
神剣云々の話は置いておくとしても、この少女の心が幼いのには気付いていたし、その背景も今日の戦闘前にシンジから聞いている。
アスカは母性愛にも似た感情をこの白い少女に抱いた。
同時に、己の恋心を自覚したアスカにとって、この少女は強大なライバルでもある。
少しだけ考えて、アスカは、
「いいんじゃない、それくらい」
可愛いもんよ、と答えた。
内心はそんなものではない。可愛すぎるわよこんちくしょう! くらいに思っていたが。
「良かった……アスカに嫌われるかもしれないって思ってたから……」
そう言って微笑む。
ああ、もう可愛いな、こんちくしょう!
思わず、アスカはレイを抱きしめた。
「アスカ?」
「ねぇ、レイ。シンジが好き? シンジのことを考えると、胸がいっぱいで嬉しくなったり、苦しくなったりする?」
レイはコクリと頷いた。
「レイ、その気持ちは、とても特別な気持ちなの」
「特別な気持ち?」
「そう。女の子にとって、一番大切で一番特別な気持ち。恋って奴よ。アンタはシンジに恋してるの」
「よく、分からない……」
アスカの腕の中で、レイは少しだけ悲しそうな顔をする。
「分からなくても大丈夫。女の子は自然にその気持ちを理解できるようになるわ」
それに、レイの心はまだ育ち始めたばかりなのだ。
「そう……アスカもシンジ君に、恋しているのね」
と、いきなり見透かされて、アスカは大いに驚いた。
「な、ななな、何を言ってるのよ! そそそ、そんなわけ……」
「違うの?」
首をかしげる少女を見て、アスカは、
「……違わないわ」
自覚したのはさっきだけどね、と頷いた。
「そう、一緒ね」
ふふ、とレイは笑う。
その微笑みは、透明で、無垢で、でも本当に嬉しそう。
「ねぇ、レイ。親友になりましょう」
ふと、そんな言葉が口から漏れた。
「親友?」
レイは、唐突なその言葉に首をかしげる。
だが、アスカの言葉は止まらなかった。
「そう、親友。友達の中でも、特に仲のいい友達のことよ」
その言葉に、レイはまたしても嬉しそうに微笑んで頷く。
「よし」
とアスカも笑って頷きつつ、
「これで、今日からアタシたちは親友よ。親友で、そしてライバル」
「ライバル?」
「そう、ライバルよ」
いい、とアスカは説明する。
「アンタはシンジが好き。だから、シンジに一番好きでいて欲しいわよね?」
少し考えて、レイはコクリと頷いた。
「そして、アタシもシンジが好き。だから、アタシもシンジに一番好きでいて欲しい」
これにもコクリと頷く。
「でも一番は一人だけ。アンタかアタシか、それとも他の誰かか……それはまだ分からないけど、一番は一人だけなの」
この言葉に、レイは驚いたように目を見開いた。
初めて気付いたらしい。
「だから、アタシとアンタは、ライバルで親友なのよ」
レイは目を見開いたまま、たっぷり十秒ほど悩んで、
「つまり……私は、シンジ君ともアスカとも仲良くすればいいのね?」
その答えに、アスカは少しだけ苦笑する。
まだよくは分かっていないらしいが、とりあえずこのスタンスで間違いはあるまい。
徐々に心が育っていけば、おのずと理解もできるだろう。
多分今なら、この少女を出し抜くことは容易い。
でも、そんなことはしたくない。アスカの矜持がそれを許さない。
何しろアタシは今日から『矜持』のアスカになったのだし。
それに何よりも、
(私は、レイと対等でいたい)
心からそう思う。
この瞬間から、この二人の恋は本当のはじまりを見た。
この日、二人は夜遅くまで話し合い、淑女協定を定めた。
そこにあったのは、嫉妬や憐憫などの暗い感情ではなく、恋する男の子のことを話し合う二人の少女の笑顔だった。
あとがき
ほんのちょっぴりだけ書き直しました。後、メールでのご指摘による誤字修正。
誤字報告をしてくださった方、ありがとうございます。本名しか知らないので、名前は出せませんが。
アスカの神剣獲得は悩んだんですが、結局持たせる事にしました。まぁ、持たせないと今後きついと思いますし、戦闘とか。
シンジの『福音』よりも位が一個下なのは、リリスのコピーである初号機よりも、アダムから造られた弐号機のほうが、神剣としては“薄い”と思ったからです。
レイもアスカもシンジへの想いを自覚し、これでやっとこLARSの体裁が整いました。二人とも可愛く書けるようにがんばります。
さて、ここで「永遠のアセリア」サイドの知識を一つ。
神剣使いは二つ名を持ちます。これは、持っている永遠神剣の名を冠して、シンジであれば「福音のシンジ」アスカであれば「矜持のアスカ」となります。
上位神剣になると、この銘もいろんなタイプがあるらしく、例えばユウトは「聖賢者ユウト」ですし、「永遠の福音」には登場してない(今後の登場予定もありませんが)ロウエターナル・第二位神剣『秩序』の主、テムオリンは『法王』 その部下の三位神剣『無我』をもつタキオスは『黒き刃』を名乗ります。
もちろん、「永遠のアセリア」や「悠久のユーフォリア」のように会神剣と変わらない場合もありますし、『深遠』『再生』の主が「深遠の翼」「再生の炎」など『神剣の名前』の『なんとか』みたいな二つ名を持つ場合もあるようです。
どうでもいい話ですが。一応。
今回はこれにて。それでは。